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言葉狩りについて
今から10年以上前です。
少年犯罪が社会問題となってたいへんに騒がれたことがあります。
「学校にナイフを持ち込む子供」「キレる子供」などなどのあおり文句がテレビ画面や新聞を賑わせました。
そのような中で。
学校において「キレる」という言葉が槍玉に上がったことがあります。
その時に言われたことが。
「キレるという言葉を使うのは禁止します」
ものすごい違和感を覚えましたが先生がそう言ったのでそうするしかないんですよね。
これが一種の言葉狩りです。
今、世間で「使用してはいけない言葉」がたくさんあります。
多くはいわゆる差別用語です。
差別は無くしてしかるべきだと思います。
ですが。
言葉をなくすことって、意味があるのでしょうか。
根底にある差別感情がなくならなければ、別の差別用語が生まれるだけなのではないでしょうか。
もちろん、だからといって積極的に封印された言葉を使う必要もないのですが。
ただ単に特定の言葉を封印するだけで何の意味があるのか。かえって誤解や差別感情を生んでしまうような気もします。
ある言葉が人を傷つけるとしても、その言葉ががあるから人が傷つくのではありません。
その言葉を、人を傷つけるように使うから傷つくのです。
ずいぶん昔、物凄い失言をして辞職に追い込まれた大臣がいました。
その発言の中身はこうです。
「女性は子供を産む機械だ」
「女性」という言葉を禁止しますか。「子供」はいけない言葉だと決めますか。「産む」を封印しますか。「機械」は不適切な言葉ですか。
違いますよね。
使う人が悪意をもって使うから、言葉が人を傷つけるのです。
もっとも、これを柳澤元厚生労働大臣がそういう意図で使ったかどうかは知りません。
そのように要約して報道した報道機関が傷つけたという考え方もできます。
いずれにしても、傷つけたのは言葉の使い方であって、言葉が傷つけたわけではありません。
はたして、むやみやたらに言葉を排除することに意味はあるのでしょうか。