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死望動機を教えてください



――では早速ですが、あなたが弊死屋(へいしゃ)に応募した理由についてお尋ねします。今までどんなことをしてきたのか、ここでどんなことを死体か等を交えて死望動機を教えてください。
 はい。
 私は中高生時代は陸上部に所属し、短距離の選手として活動してきました。雨の日も寒い日も欠かさず一つの物事に継続して取り組むことの大切さを学びました。地区大会で三位の表彰台に昇れたことは私の大切な思い出の一つです。また走る時は一人ですが、学校の看板を背負って走ることを意識し、自分一人の責任ではないことと、他のチームメイトのためにも頑張るという二つの点から、責任感と連帯感を養うことができたと思っています。
 六年間鍛え上げてきた丈夫で強い体と、やり抜く気持ち、責任感、連帯感といった内面の強さが私の強みですので、御死屋で活かしたいと思いました。
――なるほど。大変に立派なことですね。何か自分で思う短所ってありますか?
 はい。体を鍛えてきた反面、体脂肪率が低いです。脂身の旨味がないのが欠点だと思います。しかし赤身の旨さの方を活かしていけばその短所を補うことができるのではないかと思います。
――素晴らしい。早速ですが弊死屋にて活躍して頂きたいと思います。
 あ、ありがとうございます。

 目の前にいたスーツ姿の男は立ち上がってジャケットを脱ぎ捨てる。
 ワイシャツに見えていた中の服は体毛へとその本性を現し、男というより怪物へと変貌を遂げたその異形は赤い目を光らせて私を睨む。
「存分に活かしてくださいね」
 異形の怪物が迫る。私は距離を取るけれど四角くて狭い密室の中での話だ。唯一の障害物だった椅子と机をぐしゃりと踏み潰し怪物が一歩また一歩と距離を詰める。
「くっ」
 ワンサイドゲーム。
 設定された獲物とフィールドで楽しむ狩りの遊び。
 私の運命は決まり切っている。
 だけど。
「……あ」
 壁に背中がつく。
 後退は終わり。だけど怪物の歩みは止まらない。
 距離が縮まる。
 腕が振り上がる。
――今だ!
 振り上げた腕と反対側の脇をすり抜ける。急動作、急加速。怪物は空振りして壁に突き立った手をそのままに首だけでこちらを振り返る。
「なるほど、なるほど」
 喜んでいる。
 狩りはゲームだ。
 ただ解体して食べるだけでは食事になってしまう。
 逃げて、追いかけられて、追い詰められて、死に物狂いで抗わなければ狩りの喜びは味わえない。
「なかなか、大したものです」
 何度も何度もそうやって壁際まで後退しては逃げてを繰り返していく。
 怪物もきっと、わざと外している。
「……っ」
 息が切れる。
 いくら鍛えていたって限界はいつか来る。
「動きが鈍ってきましたよ」
 敢えて口に出して指摘する怪物の顔には笑み。
「いつまで続きますかね」
 わざとらしく振り上げた手。
 降ろされる瞬間を見計らって、また飛び出す。
 けれど。
「あっ」
 足払いを食らって床を転がる。
 自らの瞬発力で飛び出した勢いが殺せず、部屋の真ん中までゴロゴロと転がってしまう。
 その隙を怪物は逃さない。
「がっ」
 チェックメイト。
 胸に怪物の刃物状の爪が突き刺さっていた。
「あっ……ぐあっ」
「いやいやよく逃げ回ってくれました。上出来上出来」
 結果は最初から解っていたし、変えようとも思っていない。
 だけど抗った。頑張った。死に物狂いで逃げ回った。
 これは死を先延ばしする意図ですらない。
 そんな無駄な努力をするくらいなら早々に自殺でもした方がマシに決まっている。
「どこがおいしいと思いますか?」
「うううう……あっ、脚が……ぐあ」
「なるほど、鍛えたと言ってましたものね」
 走って、息を切らして、楽しくなくても走って、報われなくても走って、何年も何年も走ってようやく手に入れた走れる体。地区大会三位の体。
 でもそれは、今はもう。
「うあああっ、あっ」
 口から出てきたのは言葉では無くて鳴き声だった。
 怪物が太ももに食らいつく。噛んで、牙を突き刺して、肉を割って、食い千切る。
 痛い。痛い。イタイ。
「いやいや、いい子です。お友達のために頑張りましたねえ。そういうの大好きです」
 お友達。
 共に励んだ仲間達。
 あの人達の順番を遅らせるために。
「それに何といっても旨い! いや素晴らしいですよアナタ!」
 ああ、私の人生は、青春は、努力は。人格も、思い出さえも。
 全て、怪物の舌を喜ばせるため。
 食い物としての質を高めるだけの。
  
 何か人間社会に似てるなあ。それではみなさんさようなら。ああ痛い。

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