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世界の果て

 
 

「ねえ、あっちに何かあるよ」
 コノムが前方を指差してそう言った。
 それを受けて、アヤは呆れた顔で。
「どーせまたガイコツでしょ」
 と吐いて捨てる。
 それでもその後で前を見てしまったのは、無邪気に駆け出したコノムの後姿をつい追いかけてしまいたくなったからである。
 べつに彼を追いかけることに理由は無い。
 ただ、物心ついた時からずっとそうやってきたことなので、その通りに体が動いてしまうのだ。
「……これ、なんだろう?」
 一足先に着いたコノムがしゃがんで見ていたものは黒くて大きな硬い箱。一人が入れるドアが二つもついている。
「これ、アレじゃない?」
 と言ってアヤはこめかみに手を宛てる。
「アレって、どれ?」
 コノムが首を傾げるが。
「んーっと、えーと」
 さっきは大人ぶっていたアヤの知能も所詮はこの程度。
 思い出すまでに四回も「うーんと」と言った上で。
「ホラ、アレよ。日記に書いたじゃない!」
 そう言ってコノムが背負っているリュックへ手を伸ばした。
 コノムはそれに応じてアヤに背を向ける。その背中にアヤが手を突っ込む。こんなことは何年も前からずっと繰り返していたことだ。息もピッタリ。
「確かここに書いたんだけど……」
 と言って取り出したノートをパラパラとめくる。
 鉛筆で書いた字の羅列。本の後ろから探す知恵もアヤは持っている。
「んーと、えーと」
 アヤの探すのが長いせいで、コノムは座り込んでしまった。
「コノム、これじゃなかった。前の奴」
「ええー、また出すの?」
「だってしょうがないじゃない、この黒いのが何だか解らないんだもん」
「まったく……」
 コノムはリュックを下ろして、その口を大きく開いた。
 中からはキレイに縛られたノートが五冊出てくる。
「いつ頃のことだったか覚えてない?」
「覚えてないよ、何のことかも解らない」
 と言ってコノムは一度空を見上げ。
「アヤだって覚えてないだろ、太陽が何回沈んだかなんて」
「昨日から数えて一回でしょ」
「当たり前だよ。太陽は一日に一回しか沈まない」
 手早く紐解いてアヤが一冊のノートを手に取る。
 本を変えるごとに、そしてページをめくるごとに、さっきのノートと比べると字が大きく、角ばって不安定になっていく。
「あった、これだ!」
 アヤが指差すところには「1065」という数字が書き込まれていた。
 続いてその後ろの文字をアヤは声に出して読み始める。
「きょうはあやのばんのひです。きょうもいつもとおなじでなにもなかったけど、いつもとまったくおなじじゃなくてへんなものがおいこしていきました。きょうそうしたけど。おじさんにきいたらこれはくるまというそうです。はやかったです。あっというまにみえなくなりました」
 アヤはパタンとノートを閉じる。
「あの時の、あのくるま≠チて奴だよねえ?」
「たぶんね」
「きっとそうだよね。ここにおじさんが座ってたんだもん」
 と言って左側の窓から中を指さす。
 車の中は誰もいなかった。
「何か書いてあるけど、読める?」
「読めない。きっと外国語だよ。たぶんね」
 ハンドルに貼り付けられたメモ用紙の意味は解らないが、大方、この後ここへ来た誰かに向けて書かれたものだろう。
 あるいは、いつのことなのかは解らないが、遠い昔に追い越した二人へ宛てたものなのかもしれない。
 二人には読めないので何の意味もないが。
「おじさん、どこへ行ったのかなあ?」
「さあ」
 アヤからノートを取り上げると、コノムは素早くそれを束ねて縛ってリュックへ入れた。
「行こうよ」
「どうして?」
「知らない」
「アヤも行く」
 歳の頃は十数歳。
 奇妙な二人の旅が続く。

「今日も追いつけなかった」
 アヤはボヤいた。
「それ言うの何回目?」
「五百まで数えた」
 今日も追いつけなかった。
 奴はいつも背中の方向から現れて、二人の頭上を追い越して行き遥か西に沈む。
 途方も無い追いかけっこをしているのかとさえ思う。
「アレに追いつければ、眠らなくて済むのかなあ?」
 ブチブチ言いながらアヤがコノムの背中のリュックに手を突っ込む。
 コノムはしゃがんで、アヤが取り易いようにしてやる。
「アイツが先行っちゃうから夜は寒い」
 毛布を二枚取り出す。
 それからアヤは地面に体を投げ出して仰向けに寝転ぶ。
「追いつけないのかなあ?」
「たぶんね」
「追いつけないんだろうねえ」
「たぶんね」
「コノム、何してんの?」
「日記書いてる」
「今日コノムの番だっけ?」
「たぶんね」
 腹ばいになって鉛筆を握るコノムは何やら楽しそうだ。
 アヤはそのまま仰向けで目を閉じる。
「明日も追い越されるのかな」
「たぶんね」
「アイツがいればずっとあったかいのにね」
「うん」
 コノムの鉛筆が止まる。
 本を閉じる音がする。
 あたりは既に暗闇。
 太陽の沈んだ方角、地平線の際だけがかすかに色が薄い。それ以外はひたすら濃い紺色と白の点々。
「あ、でも」
 もう何も見えない暗闇。
「今夜は月が出るよ」
「そうなの?」
「たぶんね」
「……」
 コノムが笑った。
 アヤも少し多めに息を吹く。
「決まりがあるんだ。月は毎日形を変えていくし、同じ形をした月はだいたい同じ時間に出る」
「へえ」
「見ててごらん」
「私、もう寝るよ」
「寝ないで見てようよ。きっと僕の言うとおりになるから」
「……しょうがないなあ」
 モソモソと動いてアヤが起き上がる。
「……ほら」
 東の空が明るくなる。
 橙色をした満月がゆっくりと現れる。
「ほんとだぁ」
「ね? 言った通りでしょ?」
「……でも」
「ん?」
「月はあったかくないよね」
「そうだね」
「月は燃えていないのかな?」
「たぶんね」
 一度見失った互いの姿を月明かりの中に確認する。
 二人は顔を見合わせて。
「おやすみコノム」
「おやすみアヤ」
 同時に背中を大地へ預けた。


 1628
 
 きょうはおおきなものがおいこしていきました。そらをとんでおいこしていきました。あれはなんでしょうか。

 1679
 
 こないだ1628でそらをおいこしていったものがおちていました。
 じんるいはここまでこられた2013とかいてありました。
 あたらしいのーとがおいてありました。
 もうすぐかみがなくなっちゃうからどうしようかとおもいましたがこれでだいじょうぶです。

「ぼくたち、どこまでいけるのかな?」
「さあ?」
「このさきになにがあるのかな?」
「さあ? おかあさんとおとうさんがいったとおりにしてるだけだよ」
 技術を得た後世の人間が二人に追いついては果てていく。
 この無限回廊の先には何があるのだろうか。恐らくまだ誰も知らない。


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