更地のノート>日本語>ヘボン式のローマ字に正当性はない

 
 ヘボン式のローマ字に正当性はない


 

 いまだに忘れられない思い出があります。
 英語の授業で日本の地名を使った作文をする時、「ローマ字も書けないのかよ」って言われたのです。
 たしか富士山を huzisann と綴って指摘されたのだったと思います。
 私は解らなかったのではありません。小学校で習ったローマ字と違ったから誤答したのです。


 日本語のラテン文字表記、いわゆる「ローマ字」には大きく二通りの表記方があります。
 【訓令式】と【ヘボン式】です。


 私の誤りは、英語の授業で【訓令式】を使ってしまったことでした。
 では【訓令式】と【ヘボン式】の違いは何でしょうか。
 簡単に言えば【訓令式】は日本語母語話者のためにあるもので【ヘボン式】は英語母語話者のためにある、ということです。

 【ヘボン式】とは。
 ジェームス・カーティス・ヘボン(英語: James Curtis Hepburn )さんが日本語をラテン文字で表記したのが始まりです。
 ちなみにヘボンヘボンと言いますが、おそらく現代であればヘップバーンさんと呼ばれたことでしょう。女優のあの人と同じ姓なのに日本人が知った時期が違うだけで違う名前として認識されたのです。豆知識。
 


 これの特徴は。
 日本語を、英語母語話者が発音しやすいようにラテン文字で綴ったものであるということ。
 それってつまり、中学生が英語の教科書に出てくる英文にカタカナでルビを振っているのと一緒です。
 そして、今現在日本国内で広く一般的に用いられているのは【ヘボン式】です。
 国際化国際化と言って一生懸命いろんな看板にローマ字を併記していますが、実はその程度の稚拙なものなのです。
 


 本当に無頓着に【ヘボン式】を使っていますが、実は問題点がいくつもあります。
 【ヘボン式】は発音に即しているので、日本語の活用を考えるうえで不可欠な「五十音」に即していません。極めて不規則です。
 「さしすせそ」が「sa shi su se so」になったり。
 それでも発音に忠実だから良しとする向きもありますが、厳密に言うと忠実でもありません。「は行」は「ha hi fu he ho」と綴られますが、「h」と同じ子音でないのは「fu」だけではありません、「fu」以外にも違う子音が混ざっていますが「fu」以外は「h」で綴られてしまっています。要はヘボンさんがどう聞き取ったかに左右されますので正確とは限らないのです。
 そして、英語母語話者向けに表記されたものであって、フランス語母語話者や中国語母語話者は【ヘボン式】を読んでも正しく発音できません。どうして「さ行」の「し」だけ「shi」なのか理解できないし、「は行」の「fu」以外の子音が全部「h」なのかも解らないでしょう。不規則過ぎて不適切です。
 そして最後の問題。これが一番厄介な問題です。
 簡単に【ヘボン式】と言いますけれど。
 現状、【ヘボン式】は日本人が好き勝手に表記しています。ルールなんて存在しません。
 試に「お父さん」を【ヘボン式】ローマ字で書いてみますか。
 


 otousan
 oto-san
 otosan
 ot o- san(oの上に横棒が付く)
 otohsan
 


 何でもアリです。全部正解です。
 これってひどい話だと思いませんか。
 こんな例もあります。
 shimbashi
 「ん」が「m」になっています。なんですかこれ。「ん」は「n」じゃないんですか。
 ……と、まあ。そんな具合です。
 ちなみに「shimbashi」がなぜ「m」になったかは、古来日本人は知っていたはずなんです。
 古文では「む」を「ん」と読ませることがあります。もしそのことについて中学や高校の国語の先生が「歴史的仮名遣いだから」と意味不明な説明をしていたら先生は大減点です。
 この「む」は「m」と一緒です。
 現代の我々はどちらも「ん」と表記して区別していませんが、「ん」の音は英語母語話者には二通り聞こえるらしいです。恐らく大昔の日本語を話していた人たちも解っていたのでしょう。
 試しに発音してみてください。
 無意識に。
 ゆっくりと。
 「乾杯」と発音してみてください。
 かんぱい。
 次に「関東」と発音してみてください。
 かんとう。
 


 「ん」の時の口の形、違いませんか。
 「関東」という時には一度も口を閉じずに発音しますが、「乾杯」の時には「ん」と「ぱ」にかけて口が閉じているのではありませんか。
 もっとわかりやすいのは「新聞紙」です。
 しし。
 2回出てくる「ん」の口の形が違うハズです。
 shimbashiの「m」は、古典の「む」は、口を閉じる「ん」なのです。
 まあ、古典の世界でも時代が新しくなると、本当は違いが解らないくせに無理に使い分けようとして結果「ん」とすべきところを「む」としてしまっているような例もあるようですが。
 
 で、我々は明確なルールもなしに「国際的だから」みたいな考えでやたらと【ヘボン式】ローマ字を書いています。もはや【ヘボン式】というよりは【ヘボン式風】といった方がいいかもしれません。
 するとどういうことが起きるか。
 東京都内の某ビッグサイト付近の駅にある周辺地図に、今も有るかは知りませんがこんな表記を見つけてしまいました。


 →新橋 (for Shimbashi)
 ↑日の出桟橋 (For Hinode sanbashi)

 
 ちょっと待て。新橋の「ん」が「m」なら桟橋の「ん」も「m」だろ。って思い ま  す! ませんか! ましょう!
 どうして「ん」が「m」になるのかを知らないで【ヘボン式】を使うから、こんなトンチンカンなミスだってあります。
 ちなみに国道一号線のキロポストは「日本橋(Nihonbashi)から○○km」です。こちらは「ん」を「n」と表記しています。
 


 もう、本当に。
 所詮は【ヘボン式風】なんですよ。今日本に溢れているローマ字表記はメチャクチャなんです。でもそれを「国際的だから」とか意味の解らない理由で多用しているのが現状です。
 好き勝手に書いていたら外人さんだって余計に困るだろう、という考えは無いらしいです。看板には日本語の地名の下にとりあえず【ヘボン式風】のローマ字を書いていれば、書いてさえあればOKなのが現状です。
 


 英語母語話者のためだけに作られた【ヘボン式】はその時点で存在意義があまり強くないのですが、せめて統一のルールがあるのならいいです。
 それすら無いのが現状です。
 「パスポートのローマ字表記の統一規格」「道路標示の統一規格」「JRの統一規格」「○○鉄道の統一規格」はあっても、日本国内の統一規格は存在していません。
 いいのかそれで。それでいいのか。
 


 このように【ヘボン式】は問題だらけなのです。
 それでも【ヘボン式】が多用されているのが現状です。
 ちなみに。英語母語話者に発音しやすいという利点ですけど。
 フランス語やイタリア語のようにラテン文字で表記される言語はたくさんありますが、ラテン文字で書いてあるからといって英語母語話者がどんな言語でも簡単に正しく発音できるわけではありません。
 中国語にはピンインと呼ばれるラテン文字表記がありますが、これも変則的な発音のルールがたくさんあって、それを熟知していないと誰も正しく発音することはできません。
 ラテン文字で書かれているからといっても、他言語を読むには他言語の基礎知識が必要なのです。当たり前です。
 先述の通り、【ヘボン式】のローマ字は日本語に英語でルビを振ったようなものです。日本語の発音の知識が一切なくてもすぐに読める【ヘボン式】は英語母語話者にとても優しい設計です。同時に、それ以外の言語を母語とする人には他言語同様に日本語の発音の基礎知識の習得が必要なうえ、英語母語話者のための変則的な表記まで考慮しなければ発音もできない【ヘボン式】は親切どころか迷惑とすら言えます。活用にも対応していないのでそれは全く別に習得しなければなりません。一切役に立たないんです。
 はたして、こんなものをやたら書き散らすことが本当に「国際的」なのでしょうか。
 まわりがみんな【ヘボン式】を使っているからとか、【ヘボン式】が国際的だといわれているとか、そのような理由で【思考停止】をしてしまっているのではないでしょうか。
 


 一方。
 【訓令式】は日本語の特徴である五十音図に正確に対応した表記法です。
 そして表記法が厳格に決められていてバリエーションはありません。
 これをもとに発音の基礎知識を習得すれば誰でも日本語を発音することができます。
 そして、みんな大好きな【正誤の価値観】を持ち込んだ「正しいローマ字表記」が【訓令式】には存在するのです。
 これなら日本人が好き勝手に表記することもない。
 国際化云々という問題を踏まえても【訓令式】がもっともふさわしいのではないですか。

更地のノート日本語>ヘボン式のローマ字に正当性はない