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第一章 河辺博輔(5/5)
「ありがとう、ご馳走様」
口を紙で拭いて。
窓の外を見て。
「今度君はこないだのあいつらに復讐されてしまえばいいのに」
と言った。
「え?」
何それ。俺が殴られろってこと?
「そしたらまた助けてあげるからご飯おごって」
「……えっと」
何が何だかわからなくて俺は返事を詰まらせる。
そんな俺を見て空知は笑う。
「そして私にテーブルマナー教えて」
「……ああ」
急に何を言い出すのかと思ったら。
彼女なりの冗談だったのか。
「俺だってそんなに知ってるワケじゃないぞ」
「ハンバーグの食べ方だけでいいから」
てっきりさっきのマナーのことで本気で怒らせてしまったのかと思った。
「さて、今日は喜んでくれたのかな」
「それなりにね。べつにお礼なんて良かったんだけど」
と言って、空知はまた顔を反らした。
「……ここは何にも見えないね」
窓の景色を見ている。
「そうだね」
つまらない景色だ。隣のビルしか見えない。左右に少し海が見えているだけだ。
俺はまた、少しだけ興味を持っていることを聞いてみる。
「……学校、辞めるの?」
「辞めはしないよ」
空知は椅子にふんぞり返って、まだ外を眺めている。
「空知さんの進路って何なの?」
「べつに」
なんなのだろう。
出席しなくても卒業していなくてもいける進路。
進学なわけはない。
でも、卒業しなくても就ける仕事なんて聞いたことがない。
ということは、空知の親が真っ当な仕事をしていなかったように、親から取りあげられ政府の真っ当な教育を受けた空知も真っ当な仕事をするつもりがないということなのか。
そうだとすれば、教育よりも血統の方が強かったことになる。
「じゃ、先出てるよ」
と言って席を立った空知はレジを素通りした。
俺はレジでカードを渡す。引き落とし額はわずか二千円足らず。
安いもんだ。
「ありがとうございましたー」
店員さんの冷たい笑顔を背にレシートをカードケースに突っ込みながら店の外へ出たが。
「……あれ?」
空知はもうどこにもいなかった。
そういえばもう今度から学校に来ないって言っていたよな。
ということは。
今のが空知の、クラスメイトとしてではなく一個人同士として出会ったばかりの空知との、今生の別れということになるのだろうか。
第一章 河辺博輔 終わり