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第三章 河辺博輔U(2/3)
空知はやっぱり午前中の授業を殆ど寝て過ごした。先生達も事情を知っているようで誰一人咎めはしなかった。
俺は母の作った弁当を持参しているので、空知は購買で弁当を買ってきた。ちなみに購買は三時間目の終わりには販売員が来て準備しているので、空知は三時間目の終わりの短い休憩で買いに行って正々堂々四時間目の授業中に遅刻して入ってきてすぐに寝た。やっぱり先生は何も言わなかった。
そして昼休み。
「中庭とか憧れるよね」
「何だそれ」
「昔、日本の学校は背の低い校舎が何棟も建ってて、間に中庭っていう公園があったらしいよ」
「へえー、意外と物知りなのな」
「漫画で読んだ」
そう言って教室でご飯を食べる。
もちろん俺は自分の席で、空知は相内の取り巻きの女子の席を強奪してだ。
「しっかしどうしたんだ急に」
「いや、すごく言いづらいことがあって」
と言いながら空知は淡々と弁当を口に運ぶ。
「誤解しないで聞いて欲しいんだけど」
「うん」
「友達でいて欲しいんだ」
「へ」
相内が目ざとく聞きつけてヒューヒューという。他の人達もこっちを見ている。
空知は平然としている。
「それってどういう」
「いや、それ以上でもそれ以下でもないけど」
何が誤解しないでだ、俺がしなくても周りがみんな誤解している。
とりあえず相内を排除してまた空知と向き合う。
「毎日暇でボーっとしてたら、気づいたんだよ。私、友達いないって」
「……そうなの?」
「喧嘩した相手ならいっぱいいるけどね」
「え」
空知がちょっと笑った。
悪戯っぽい笑顔だった。
まあ、あんなに喧嘩が強いのだからこの間のが初めてだとは思わなかったが。
「そして、考えついたんだよ。あの時あの子を助けるために不良に立ち向かっていった君となら仲良くできるかなって」
できればあまり思い出したくない。
口だけ出して手を出せずに、危うく暴力の餌食になるところだった自分の姿など。
「いや、俺、強くないし」
「喧嘩の強い弱いじゃなくて、性格の話してるんだけど?」
「あー、でも」
女の子に代わりに喧嘩してもらったなんて。
男としてどうなんだ。
もちろん殴ることがいけないことでなければ、あんな奴らに負けるハズなんて無かったんだけど。でも。
「それとも、迷惑?」
「え?」
「迷惑なら、いいんだ。べつに」
と言っておいて空知はまた笑った。
笑っているけれど、不自然だった。
これまでに面と向かって空知と話した時間はそんなに長くない。けれど今の笑顔はハンバーグを目にした時の笑顔とは全く違う。面影が無いと言っていいほど違う。
この笑顔は。
もし俺が断っても俺が嫌な思いをしないようにだ。
そういう意味でしかこのタイミングで笑顔なんて出てくるわけがない。そうでなければ今の笑顔の意味を説明できない。
「そんなこと、ないよ」
もちろん空知の本心を汲んで俺はそう答えた。
でもそれだけじゃない。
どうせ笑うのなら、この前のハンバーグの時のような笑顔を見せて欲しい。それを見るためには空知の勧めに従って友達になるのが一番簡単だ。
「なろうよ、友達に」
もう早速空知は笑っている。きっと無意識だろう。でも嬉しそうに。
「ありがとう。……メールアドレス交換しよう」
そこで唐突に教室が騒がしくなった。
と思ったのは一瞬で、それはいつも通りの昼休みの喧騒だった。
「いやーハラハラした」
と相内が言った。
「おまえ断っちゃうんじゃないかと思ったぞ」
と背中を叩かれる。
「河辺君って女子の空気読めるのね」
取り巻きの女子からも言われた。
もしかして。
今の俺らのやり取りをクラス中が見ていたのか? 息を飲んで?
「これでやっと飯食えるよ」
全然関係ないところで弁当を食べていた奴らからも何か言われた。
「いや、でも、たかが友達だよ?」
「友達から始まらない恋愛は無いだろ」
相内は空知と俺の前で平然とそんなことを言う。
「空知さん、博輔は変にガンコな所とかあるから、友達としてよろしく頼むよ」
「……うん……任せ……て……うん」
空知は一心不乱に携帯電話をいじっている。
失礼な話だけど、人から番号を教えてもらったこと自体がそんなになかったのだろう。俺情報を登録するのにもずいぶん手こずっているようだ。
「任せてだって。おまえ尻に敷かれるな」
「何の話だ!」
尻に敷かれるも何も、ただの友達だ。
家に帰っても俺には勉強がある。
推薦入試で大学進学が決まった俺だけど、春までの間に遊び呆けないように問題集が送られてきた。高校でやっていない分野もあるのでなかなかこれが面倒くさい。
ちょっとやってすぐ飽きてきて、あくびをしていると。
「ん」
携帯電話がバイブしている。
メールだ。
「お」
空知からだった。
『今日はありがとう。恥ずかしかったけど、思いを伝えられました。』
なんだ。
なんだろう、ちょっとかわいいというか。こっちも恥ずかしいというか
絵文字も何も入っていない、なかなか無機質なメールだけど。
これが女の子からのメールだと思うとちょっとだけ感慨深い。今までそんなこと無かったから。男友達からのメールとは思わず区別してしまう。
『私にも友達ができました。これで安心して征ってこれます』
「……え?」
俺は何も知らなかった。
軍に入るのは四月からだとばかり思っていた。
一般の会社とは全然違うのだ。
欠員が多かったので新卒入隊の何人かは前倒しで外地へ向かったと。
知ったのは翌朝のニュースだった。
学校で担任に聞いても解らなかったので、ためしに空知の学籍番号でログインしてみた。PWはメールアドレスに含まれていた、おそらく誕生日と思われる4ケタの数列を入れてみたら開いた。
でも『すでに卒業しています』と受講済みの科目ばかり。まだ俺が受けている授業も受講済みになっている。
これはいったい、どういうことだ。