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第三章 河辺博輔U(3/3)
「相内」
俺の身の回りで色恋沙汰にもっとも精通していそうな人を捕まえる。
「ん?」
「空知さんって、本当に俺に気があったと思う?」
ストレートに聞いた。
相内も数秒考えていたが、やがて俺の目を真っ直ぐ見て答えた。
「あまりに大胆だったから俺もびっくりしたけど、普通に考えればおまえのことが気になるんだろう。好きかどうかは知らないが」
「ちょっと積極的すぎよね、ひくわ」
内藤さんまで答えた。
まあ確かに、仮に気があったとしてもこの間の行動は唐突で伝わりづらい。大胆なわりに不器用なのだろう。俺の勘違いでなければ、の話だけど。
いずれにしても空知は俺のことを、どうでもいいとは思っていない。それはもはや間違いない。
「どうかしたのか?」
「いや……」
そうであればあるほど焦る。
だって。
彼女がどういうつもりだったにせよ。
彼女は、俺にどうして欲しいのか。何も言わなかった。
どうして欲しいのかもわからないまま、何もできなくなってしまった。
教室の机は今日も置いたまま。でも空知はもうそこに座らない。
昔はよく「同じ空の下」とか言ったらしいが、ここでは空を見る事すらできない。恐らく国の外で戦っているのだろう。空知は俺が教室で勉強している時もご飯を食べている時も寝ている時も戦場にいる。俺は変な事故にでも巻き込まれなければ来年の春も再来年も生きているだろう。でも空知はいないかもしれない。
次に会えるかどうかも解らない。
せっかくメールを送れるようになったのに空知が死んでしまっては何の意味もない。
「相内」
結局俺が頼る相手なんて相知しかいなかった。
「何?」
「おまえ内藤さんのことどうしたいの?」
ちょっと無理を言って喫茶店に行って、開口一番そんなことを言ったから相内は苦笑いした。
「何だ急に」
「好きなんだろ?」
「ああ」
恥ずかしげもなく言い切るあたりが凄いと思う。
「一緒に暮らしたいとか」
「まあいずれはな」
「守りたいとか」
「ああ、まあ」
「エッチなことしたいとか」
「……おまえは何を聞きたいんだ?」
相内が飲んでいるのはコーヒー。
俺はコーラ。
やっぱり格好つける男は飲むものが違う。俺はまだまだ子供なんだと、飲み物ひとつでも実感した。
「守りたいっていうのは、何から守るの?」
「何って?」
「守らなくたって、内藤さん生きていけるでしょ」
「あー」
相内は少し悩んだが。
「べつに何からってワケじゃないよな」
と言う。
「じゃあ守るってのはどういうことだ?」
「うーん……???」
相内にも解らないらしい。
「変質者……かなあ?」
変質者に内藤さんが絡まれてそれを相内が助けられるというシチュエーションは確率的には殆どありえないだろう。相知が近くにいるのなら二人は一緒に行動するだろうし、一緒だったらそもそも変質者はそうそう近寄ってこない。
「そうか、わかった」
相内ですら内藤さんを何かから守ることはできない。
「わかったって、何が?」
「いや、相内と話しても何もわからないことがわかった」
「なんだそりゃ」
相内はまた苦笑いする。
「でもなんとなくわかるぜ、どーせ空知とのことなんだろ?」
「まあ」
「悪いけど、おまえらの恋愛の答えを俺が持ってるわけじゃないからな」
「うん、それが今わかった」
相内は内藤さんを何かから守る必要はない。
俺は空知が俺に何をして欲しいかが解らない。でも空知と俺がもう一度会うには空知が生きて帰らなければならない。でもそんなことは俺の力ではどうにもできない。
どうすることもできないけれど空知を守りたい。
何をどうすればいいか、相内に訊いても仕方がないということが今日わかった。
俺が、考える。
次に会える保障すらないけれど。せめて次に空知に会った時に、何をどうすればいいかを考える。それは俺が考える。
第三章 河辺博輔U 終わり