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第四章 鹿沼亮平
壊しちまえばいいと思っていた。
それが気に喰わない奴だろうと、思い通りにならない物事だろうと、ショーライだろうと。
もうそれは考え方というより感覚として俺の思考回路を構成していた。
今回のケンカは両成敗となった。
それはそれでマシだった。
あのままボコボコにされて立ち去られてたら大恥かいて終わりだった。後でケーサツに駆け込んで空知を捕まえることもできただろうがそれはもっと大きな恥だ。
岩倉が機転を利かせて先に通報していたから、俺らを殴った空知も罪を問われることになって両成敗にまで持ち込めた。アイツの頭の回転はすげえと思う。
結局俺らもキョーカツで捕まったが、空知は暴行という重罪になった。俺らも停学だがアイツも停学だ。
というわけで決着がついて取り調べもとっくに終わったのにメンドクセーことにまだ帰らせてもらえない。
白くて狭いこの部屋で俺は岩倉とも空知とも隔離されてまだ一人だけ残されている。
「入るぞ」
さっきとは違うケーサツが入ってきた。
何か本を持っている。
「君は前科何犯だっけ?」
「知るか!」
「四犯だ。何度もうしません≠チて言っても繰り返してるな」
「……」
何だこいつは。
気に喰わない。答えを知っていることを質問する。何が言いたい。
「まあ今更咎めようとも思わない。今日は君の性格を活かせそうな話を持ってきたんだが」
「あ?」
何だこの言い方は。
バカにしてんのか。
「ほら、これ。どうだ?」
俺の前に出されたのは軍の入隊案内のパンフレットだった。
キリツだの何だのとくだらねーことに縛られて死ぬまで奴隷になるアレだ。
「これが何だよ」
「はあ……解らないのか」
「ああ?」
「だーかーらー」
もう一度パンフレットを叩き付けられた。
「ここで好きなだけ暴れなよ」
俺はもう一度そのパンフレットを見る。
入隊案内。
なんだこれは。
「人のためにならないんだから、人のために死ねばいい」
「なっ」
「って国が判断しちゃったんだよ。あーあ」
それって。
「君の学校もそれでいいって言っている。初めてだろう、人から尊敬されるのは」
見放された。
言葉が……言葉が出ない。
何だそれ。ふざけんな。
「ちょ、ちょっと待てよ、誰がやりたいなんて言ったんだよ!」
「君の意思なんて関係ないよ。だって善悪の判断もつかないバカに将来の判断なんかさせられないから」
どうなってんだ。
返す言葉がない。
「学校行きたくないんだろ? 明日から行かなくていい。殴りたければ殴っていいし壊したければ好きなだけ壊せばいい。ただし敵国のな。嬉しいだろ、何の役にも立たない君でも役に立てるんだぞ」
「待てよ」
「嫌なのか? 嫌なら死んでくれよ。君みたいな奴に吸わせる酸素は無いよ勿体ないから」
「待てって言ってんだろ!」
「待てって、何を? 君にはもう何一つ決める権利は無いんだけど、何を待てばいいの?」
「な……」
ようやく気付いた。
こいつケーサツじゃねえ。軍の関係者だ。肩の腕章がそうだ。ケーサツのじゃなくて軍のマークだ。何か四つの四角形のよくわからない、何のマークだっけ。
道理で俺が凄んでも何言ってもビクともしないわけだ。俺の言葉に怒りもしない。なぜならこいつは本物の人殺し。本物の殺し合いをしてきた人間に俺の気迫なんて雑音でしかないんだろう。
「現に君の存在はこの国にとってマイナスにしかなっていない。何もせず死んでゼロ。軍に入って国のために死ぬまで働いてようやくプラスだ」
もはや強がる言葉も出なかった。
こいつは俺に死んでくれって言っている。これから国の道具になって死ねと。それができなければすぐに死ねと。
「じきに学校を通じて説明会への出頭命令を出す。逃げるなよ、自殺するんなら止めないけどな」
そう言ってそいつは席を立った。
壊しちまえばいいと思っていた。
それが気に喰わない奴だろうと、思い通りにならない物事だろうと、ショーライだろうと。
もうそれは考え方というより感覚として俺の思考回路を構成していた。それが思い上がりだと知ったのは、たった数分前。
告げられた言葉は脅しでも何でもなかった。ただ未来の事実だった。
他の選択肢は全て壊してしまった。勉強を拒否して頭のいい未来は壊した。規則なんてクソくらえだったのでスポーツや肉体労働の未来も壊した。あらゆる法律やルールを破って人格の評価を更に下げた。色々な可能性をぶっ壊してきた。
でも、今度示された未来は壊せない。
壊せない。壊そうとしても壊されるのは俺だ。
言われるまま入隊して壊されるか、逃げ出して捕まって入隊して壊されるか。
そうやって合法的に、役に立つように、俺は社会から抹殺される。上に立つ人のために俺は壊れて礎になる。
逃げようかとも思った。
だが、この部屋から逃げることは簡単にできるが未来からは逃げられない。
適当に遊んでいてもせいぜい都市の地下の整備の仕事には就けると思っていた。
飯食って遊ぶ金だけ貰えればいいと思っていた。ショーライとか生活設計とか考えなくてもそれなら楽しく生きていけると思っていた。
まさか。
軍なんて。
ロビーでは岩倉が待っていた。
「……そうか、頑張れよ」
事情を話してもそんな一言しか返ってこなかった。
「おまえは?」
「次は無いって言われた」
「何だその違いは」
「当たり前だろ。俺はおまえより勉強頑張ってんだよ」
そんな。
勉強とかで人の価値を測るなよ!
と言って壁を殴ってみたけれど。
「当たり前だろ。人間の価値はそうやって測るんだよ。それに逆らう奴はその時点で価値がないんだ」
と言って、岩倉は背を向けた。
「おい、てめえ」
「あ?」
「友達だろ?」
「ああ、でもそれも今日までだ」
「はあ? 何言ってんの?」
「一緒にバカやってて楽しかったよ。でももうおまえとはお終いだ」
「え……」
「じゃあな」
遠ざかる背中。
岩倉は。
こいつは楽しんでいるだけだった。
楽しむために俺と友達だったんだ。そして必要なくなって俺を捨てた。
「……」
俺はいったい何なんだ。
やっと気づいた。
俺は壊すことでしか存在価値を示せない。それが無ければ要らない人間だ。有っても無くても一緒どころか、無い方がいい存在だ。
あいつは勉強を頑張って存在価値を残した。俺はそれすら壊してしまった。
「帰るの?」
一人でロビーにいた俺に空知が話しかけてきた。こいつも俺達を殴った重罪に問われてはいる。俺らより遅く出てきたのは俺らより罪が重いのと、正当防衛を訴えたからだろう。
「ンだてめえ」
俺は凄んで見せた。だいたいの奴はこれでビビる。この次の言葉に「財布出せ」って言えば出す奴だっている。
が。
「覇気なくなった?」
「あ?」
「なくなったね」
こいつは俺の気合いなんて何にも気にしていない。
当たり前だ。
俺がいくら凄んだところで、俺はこいつに負けたのだ。
「てめー何なんだ!」
睨みつける。
そしたら空知も俺を睨み返してきた。
敗者の俺。勝者が空知。勝者が俺を睨み返す。俺は必死に空知を睨む。
俺はこんな女に負けた。
どんな奴でも壊すと。痛がって泣きながら財布を差し出すと。そう思っていたのに。
思えばこいつに負けた時から、俺は唯一の存在価値すら失ってしまったのかもしれない。
こいつが悪いんだ。
悪い奴だと思って睨んでも空知のまなざしは敗者の俺に向けられている。俺が空知を睨む目には余裕なんてない。劣等感が混じってしまう。なぜならもう一度本気でやりあっても俺が空知に勝てないことをお互いに認識している。俺の睨みなんてもはや空っぽだ。
「軍、入りたいの?」
「ああ?」
「質問してるんだけど」
「……」
何なんだこいつは。
いま俺に何の用があるんだ。こいつは今現在俺より優位に立っているのに。そして油断すれば俺は次は絶対にこいつをぶっとばしてやるのに。
「どうなの?」
「……」
「何とか言えないの?」
俺は空知を睨むのをやめた。
俺は敗者だ。
黙っていればいるほど俺は弱さを肯定することになる。敵意をむき出しにしながら負けを認めて服従しているのと同じだ。
「……行きたくねえ。今みたいな生き方を続けたい」
「そりゃ無理でしょうよ」
鼻で笑われた。
わかってる。
壊していればどうにでもなったのは昨日までだ。
気に入らなければ壊して、その結果出てきたものが気に入らなければまた壊して。
金が無ければカツアゲして。ケーサツにパクられたらスミマセンって連呼して後で八つ当たりして。センコーに怒られたら八つ当たりして。説教とかしてくる奴は殴って。そうすればどうにでもなったのは過去の話。
もう八つ当たりしても誰かを殴っても何も変わらない。今までには戻れない。
「大丈夫だよ」
と空知は平然と言った。
「君、私より先に担当者に会ってたんだね。私、君の代わりに志願するって言っておいたから」
「……あ?」
何を言っているんだこいつは。理解できない。
「それって」
「私は元々自分が行きたいから言ってるだけ」
こいつは。
この俺が頭真っ白になるほど嫌だった道に自ら進むのか。
そうなることで俺が救われることも見越して?
「もう軍に誘われるような悪さをするんじゃないよ。それと学校戻っても私や河辺君に突っかかったりしない。誓えるなら元気出しな」
「……」
何が何だかよくわからない。
でも。
ただ、すげえって思った。
第四章 鹿沼亮平 終わり