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第六章 空知知端(1/4)
生きていることを実感するのは、人の死を目の当たりにした時と、自分の体に苦痛を刻みつけられた時だけだ。
「おまえが噂の新人か、よろしく」
と言って、今日から組むことになった先輩は片手を挙げて挨拶してきた。
相当若い。二十代になっているかいないか。この若さで私のような新人と組むのだから相当な腕前なのだろう。
歩きながら色々なことを話した。
敵国と同盟国との関係。こんな戦いがいつから始まったか。敵国の基本戦術。武器の応用。空き缶を銃で開ける時はどうすればいいか。
「まったく楽しくねーけど、楽な仕事だろ」
「……そうですね」
何も考える必要はない。強いて言うならいつも考えているのは次の食事に何を食べられるか、くらいのものだ。
指示された場所に行って殺してくるだけ。方法も考えなくていい。それをやる理由すら要らない。どうしても理由が欲しかったら「夕飯を食べたいから」でもまったく構わない。
「まったく、科学の塊のような国が、なんだって歩兵戦術なんか」
そこまでしゃべったところで、耳に付けたスピーカーが警報音を鳴らす。
「……と、まったく」
敵が近くにいる。
先輩も私の経験を買っているのだろう。特に指示されることもなかった。言うまでもなく私も先輩も物陰に身を隠す。幸い、ビルの柱や壁など死角になりそうなところはいくらでもあった。コンクリートなら電波も遮蔽する。
息を殺す。
聞こえてくるのはカシャカシャと小刻みに動くモーターの音と、地面を小突くような音。
――――戦闘ロボット。
となれば対処は至って簡単だ。
「先輩」
「おう」
基本通り。
まず私が銃を引く。天井でもどこでもいい。跳弾が自分に当たらないように適当な方向へ一発。
「っ」
即座に場所を変える。なるべく先輩から離れる方向へ。そして別のビルの柱の陰へ。耳をふさぐ。
直後、爆発音。
破片がいくつか体をかすめるが大したケガでもない。
耳にあてた手を放してそっと柱の陰から様子をうかがう。
もう破片は飛んでこない。まだ土煙が漂っているが銃声などは聞こえてこない。
「……ふう」
何度やっても緊張する。囮の弾を撃ってから逃げるのが遅れれば敵からの攻撃を受ける恐れがある。そしてその後の相方の攻撃による爆発も凄い音と衝撃なので待ち構えている間はドキドキする。
土煙が収まった頃に柱の陰から出る。
さっきまで私がいた場所にはロボットの破片が転がっていた。モーターが断続的にウィンウィンとまわり続けているがもう統率のとれた体の動きを成していない。飛び散った基盤と切断面から垂れた配線が痛々しい。先輩はその配線を掴んで適当に接触させる。
「むなしいな」
ショートさせればモーターも基盤も焼き切れてロボットは完全に動かなくなる。
「そうですね」
生身の人間だろうとロボットだろうと、動かなくなったらそれで終わり。
「志願したって聞いたけど、なんでこんな仕事しようと思ったんだ?」
あまりおいしくない缶詰を食べながら先輩はそんなことを言う。
「何で、というと?」
「どっかの国に恨みでもあるのか?」
「べつに無いですね」
「力試しがしたいとか」
「似たようなものです」
「ほう?」
「私に何ができるのか。できなくても意味はありますが、どうせなら意味が欲しいんですよ」
「……」
先輩はべつにスプーンを止めることもなく。
「ここに意味はねえよ」
と言って缶の中の汁まで飲み干した。
「何か守りたいものはあるか?」
「漠然となら」
「これがその方法だと思うか?」
無関係な国同士の無関係な争い。
金を出して戦力を買った国のために、その相手国と戦う代理の戦い。勝っても負けても関係の無い戦い。
「でもこの戦いをやめれば私達の国も潰されますからね」
「まあな。たぶんそうなるだろう」
先輩は飲み干した缶を放り投げた。
土埃が舞い上がる。
「でも何で俺達なんだ?」
「……先輩?」
先輩は笑っていた。
「守りたいものがあっても、俺達は守ったものが手に入らないかもしれないんだぜ?」
と言って先輩は自分の胸に手を入れる。
まさぐって再び出てきた右手には、十字架のアクセサリー。服の下にネックレスを隠していたようだ。
「守りたいものって、それですか?」
「これじゃねえよ」
すぐに胸にしまい込む。
が、しまう瞬間に小さくキスをしたようにも見えた。訊いて確かめるのもヤボだろうけれど。
「何も考えないなんてバカじゃなきゃできない。おまえはバカか?」
「どっちかっていうと」
「そうか。そりゃ幸せだな」
先輩が立ち上がる。休憩は終わりだ。
「ところで、敵の人間とは戦ったことあるのか」
「二回ほど」
「そっか。そりゃ大したもんだ。噂にもなるよ」
訊くまでもないことは訊かれなかった。人間と二回遭遇していて私がここにいるということは私は二回生身の人間を殺害していることになる。
「遭遇数は運ですよ。倒したのも私一人の力じゃありません」
「経験を積んだこと自体がおまえの価値だよ」
私も缶を置く。
何世代か前の人間なら、祖国の地を汚すのがどうこうと言ったのだろうが。もうそんな気など起こらない。私はあの人工島の国の人間でここは見たこともない知らない土地だ。
「嫌だろ、人を殺すのは」
「そうですね。できれば遠距離から撃ちたいです」
「なー。死体気持ち悪いもんな」
「そうですね。でも気持ち悪いのは慣れるんでしょうね。それよりむしろ」
私が言おうとしたことを。
「自分もそうなるって考えちまうもんな」
遮って先に言われた。