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第六章 空知知端(2/4)
昔学校であった建物を使って前線基地にしている。
大勢の生徒が同じスケジュールで生活していただけあって、水道もトイレもそれ相応の数が揃っているので都合が良い。
棟の中央に水道とトイレと階段があり、それより西側を男子部屋、東側を女子部屋として使っている。トイレはもちろん男女別だが水道は共用だ。電気は通っていないが外部電源で屋上の給水塔に水を汲んでいるので一応トイレも水道もそのまま使える。
「おはよう、今日もよろしく」
顔を洗っている私に先輩は声をかける。
「おはようございます」
タオルで顔を拭きながら答える。
「おまえ珍しく朝早いな」
「ゆっくり見たいものがあったんで」
「何だ?」
「あれです」
指差したのは窓の外。
使っていない隣の校舎との間に中庭がある。雑草が入り乱れているが、その中に混じった花の生え方は何かの模様のように見える。きっと元はそこが花壇だったのだろう。
「中庭か」
「私達の国にああいうのはありませんからね」
「ああ、そうだな」
「ある意味、特権ですね。こんなものを見れるのも」
先輩も顔を洗い始める。
「そういや俺の彼女が変なこと言ってたぞ」
バシャバシャバシャ。ガサツな洗い方で水がこっちにまで飛んでくる。
「雪を見たいって言いやがるんだ。笑っちまうだろ。俺らみたいに外に出るか、あの国がぶっ壊れるまで見れないのに」
あの国が壊れる。
私達が敗北して、あの狭い国に敵が雪崩れ込む事態。
そうならなければ、あの国の中の人達は雪を見ることなんてない。
「言われてみれば、雪も雨も戻ったら見れないんですね」
「帰りたくなくなったのか?」
「いや、そういうわけでは」
「帰る理由なんて無い方がいい」
顔をタオルに押し当てながら先輩が言葉を番える。
「帰れるなんて思わない方が仕事もはかどる」
その表情なんか当然見えない。
屋外で炊き出しの朝食を食べた後、八時過ぎには校庭に整列する。
ここ最近雨が降っていないので砂埃が酷い。
「何で朝礼なんかやるんだ?」
「さあ?」
いつもは整列もせず、呼ばれた班ごとに行動計画を指示され出発する。任務内容なんて自律機械兵をシラミ潰しに壊すのが主。あとは敵の基地の様子を伺うだけで、向こうが動かなければこちらから動くことなんて無かった。
だけど。
「前任の米原少佐は急きょ本国へ帰還しました。代わりにデセクレーション中佐が今日より着任されます」
そういう紹介と共に現れたのは白い肌に金色の髪、明らかに人種の違う大男だった。欧米の人間だろう。
「貴様達、何したくて、ここいる?」
という言葉から始まる、挨拶と言うより演説。訛りがあるのはネイティブではないからだろう。
「敵勢力排除するからここにいるのは違う? なぜ攻めるしない。我々貴様達を雇っている。貴様達祖国敵から救う、金まで払った貴様達へ。金もらった貴様達ここいにる。どうして貴様達攻めるしない? 貴様達、ここで何やった?」
簡単に言えば今のやり方が手ぬるいということだろう。
「貴様達、仕事、敵殺す。あのヒル……ヒル、上、敵倒す、ライン広げる。それするため、貴様達ここにいる。させるから私ここ来た」
そんなことは解っていた。
今までの指揮官は同じ国の出身者だったということもあるだろう、確かに甘かった。目的はもちろん目的としているが、そのための手段としての戦闘には損害を無くすことを第一にしろと平気で口にしていた。
「戦う、死ぬ。当たり前だ。怖いか? 死が怖がって……恐れているか? 死ぬの当たり前。戦ったなら死ぬ。死ぬ。今日そうなる。アーミースピリッツ出せ。ファイト! 死ね! 死ぬで戦え! 私させる! わかった!?」
隣にいた若い男がため息をついた。
「おいおい誰か通訳しろよ」
そのツッコミには笑って答えた。
「私聞きたい。何故このグループ戦果ない?」
すかさず手を挙げた男がいた。
細い眼鏡の男だった。迷彩服を着ていなければとても軍人には見えない。
「ここは若手を集めた部隊ですから危険な任務は」
そこまで答えたところでデセクレーション大佐とやらの怒号が遮る。
「危険をやれ! 危険が仕事だ!」
眼鏡男はそれ以上何も言わなかった。
誰もそれ以上の質問は出来なかった。
私は、さっきツッコミを入れた隣の男に。
「ワクワクしてきますね」
と言った。
「そうかあ?」
と返事が返ってきた。
一台のトラックに乗って真っ直ぐ西に向かう。
確かにこのあたりはもう機械兵もそんなに出ないし道もある程度把握できている。
「航空支援ナシで正面突破かよ、いまどき」
と先輩がボヤいた。
既に二十世紀には航空戦力が勝敗のカギを握るようになっていたというのにもかかわらずだ。
「こういうの体育会系っていうんだっけ?」
「なんですかそれ」
「一にも二にも気合いだーってやつ。気合いで何とかしろーみたいな。俺には似合わない」
「あー、私にも似合いません」
そんなものは私達の軍には無かった。もちろん訓練所では体力作りとかで厳しくもされたが。
「要らねえよな、航空支援さえあればあとは歩いて行って引き金引きゃ勝てるんだから」
という今まさに先輩が言ったのと同じ発想でそれほど体力とか精神とかを重視していない。
「さて」
トラックを物陰に停めると丘の上の要塞が見えてきた。
銃眼がいくつか見える。もうこちらの動きを察知しているようで人影も活発に動いている。
「勝負つける、敵空軍出す、勝負つけるのはそれの前」
とデセクレーションが指示をする。
「門の場所、一人行く。敵の撃つ、敵見つけるみんなで射殺する。門射程圏内敵いないにする」
その説明に誰も反応をしなかった。
「つまり通訳すると門の真ん前に一人立たせて、敵が撃ってくるからその敵を射殺して、門の射程圏内の敵は全滅させるってことだよな」
通訳した奴にも誰一人反応しなかった。
簡単に言えば誰かが囮になるということだ。
「誰は最初だ? 貴様か?」
手近にいた男の腕をつかむ。
「嫌だ死にたくない」
「死ぬ! 死ぬ怖くない! 敵倒す死ぬ一緒!」
今朝の剣幕で怒鳴るが掴まれた男は逃げた。
「なら貴様!」
「いいいやです、作戦が悪過ぎます!」
「なら誰!」
誰もが目を背ける。
「腰抜けども! 誰やれ!」
そこへデセクレーションの背後に立った者がいた。
一同の目はそちらに向く。
そいつの手には銃。
銃口はデセクレーションの後頭部に向いていた。
「作戦を撤回してください。さもなくばあなたに死んでもらいます」
今朝のひょろい眼鏡男だった。銃口の先が震えている。
「私殺す、すぐバレる。銃撃った記録、貴様達動き記録ある。全員銃殺刑だ。勝って何人死ぬとどっちがいい」
全員銃殺、という言葉で眼鏡男の顔が変わる。
そうだろう。上官だけ死んで兵隊が無傷で帰ってきたら怪しまれるに決まっている。まして私達はあの国の人間だ、全員の行動を掌握しているのだから記録を取ることなど簡単だ。
「……失礼、手が滑りました」
銃口を戻す。
それでも誰も手が挙がらない。
「じゃあいい、私が行きます」
私が手を挙げた。
「死に急ぐな」
すかさず組んでいる先輩が言ったけど。
「みんな待ってる人がいるでしょ、親とか兄弟とかたくさん」
「おまえにも彼氏もどきがいるんだろ」
「一人しかいないから、私でいいんです」
「人数の問題じゃないだろ」
「……確かに悲しませたくはないですけど」
「……たく」
先輩は毒づいて、それから私に近づいた。
そしてデセクレーションに向けて。
「じゃあ俺も」
と言う。
「先輩?」
「俺も待ってるの一人しかいないからな」
一歩目を踏み出してからはわずか数秒だった。
敵の掃射を浴びてデタラメにステップを踏む。後方からの援護射撃。視界に閃光が入ったら伏せて、飛び退って、転がって、聞こえた方を振り返る。当たるかどうか知らないがそっちの方に向けて引き金も引く。電子誘導弾だ、適当に引いても当たるだろう。
そんなことを繰り返すうちに銃撃は止んでいた。隙と見て物陰に飛び込む。
門の前を覗くと人が倒れていた。今朝冗談を言っていた人から、眼鏡の男から、デセクレーションまで。
「あー」
何を言っていいのかわからなかった。
とりあえず死んでいる人間の顔を確認する。血も出ていない綺麗な姿だがピクリとも動かない。
「まったく、デブ何とかってオヤジもそうだけど」
思わず顔を上げた。声のした方を凝視した。
声は続く。
「素人の集まりだよな」
通りを挟んで反対側の物陰に先輩がいた。負傷者も数人そちら側にいる。
「先輩、ケガは?」
「俺だけ無傷。おまえは?」
「私もかすり傷です」
あっちこっち地面に擦ったが激痛でもない。
「ったく、なんで俺達が残って後ろの奴らが犬死してんだ?」
「さあ?」
私は囮だから危険だったのに大したケガはしていない。先輩は私より多く撃っていたようだけど生き残っている。撃たれた人達は物陰から狙撃をしていた人達だけど、動きが無かった分逆にやられてしまったようだ。動き回っていた私と先輩の方がむしろ安全だったということだ。
「こうなったら俺達で突撃するか?」
「自殺と一緒ですよね」
「まあな」
「男女二人での自殺って、心中って言うんですよね。勘違いされます」
「そうだな、俺も彼女に殺される。あ、どうせ死ぬのか」
笑い合った。
再び閃光。
近くに着弾したようだが、誘導弾でも壁のこちら側には回り込まない。ここにいれば敵が陣地を変えない限り安全だ。
「じゃあしょうがねえ、帰るか」
「了解」