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 第六章 空知知端(3/4)


 せっかく上官が死んだというのに、次の次の日にはまた新しいのが来て似たような演説をした。
 正面突破は犠牲が大きいと悟ったのか、今度はレーダーを設置して敵の動きを把握しつつ作戦を立てることになった。
 トラックでまとまって移動し、そこから班ごとに散開。電池で動く電波発射装置を各地に置いてこれに引っかかったら敵が動いたということだ。
「何のためにこんなことやってんだろうな」
 以前の戦争でどこかの国が投入していったロボット兵はまだ全滅していない。
 レーダーを置くときはロボット兵が一番厄介だ。ロボット兵は電波を嗅ぎつけてかなりの遠くからでもやってくる。陣地の中の敵がそこまで電波を監視しているかはわからないが、ロボット兵との戦闘が多くなれば敵がそこをめがけて砲撃してくる可能性もある。学校は射程圏外だがレーダーを置く場所は敵陣地から砲撃できるし、広範囲を破壊すれば殺せるのだから照準なんか必要ない。まあ二人や三人を殺すために弾の無駄撃ちはおそらくしないだろうけれど。
「何のためって、友軍のためです」
「金もらってるだけだろ、敵も味方も関係ない」
「じゃあ祖国のためですか?」
「あいつらは誰に支配されようが関係ないだろ、どっちがいいのかもわからないし」
「じゃあ彼らの独立の為?」
「独立したのは俺達だろ?」
「あー、まあ」
 ますます何のための戦争かわからなくなる。
 一つ言えることは、この戦争に加わらなければ私達の国など列強国に潰されてしまうということだ。
 独立を保っているのではなく、列強のご機嫌を取って生かしてもらっているのだ。
 機械を設置して方位を合わせる。これで今後敵がどこをどう通ったかだいたいわかる。
「さてと」
 表向きは日本国の救済を建前にしているので、ロボット兵の掃討と敵軍の排除を同時にこなさなければならない。
「狩りに行くか」
 今度の上官はロボット兵の撃破数で成績をつけるとか言い出した。私達と同じ国の出身だけあって前の上官よりは平和ボケしているようだけどやっぱり楽ではない。
「……ん?」
 先輩が足を止めた。
 崩れたビルの日陰に人影がある。
「おい、ずっとここにいたのか?」
 先輩は声をかける。
 十代の少女だった。ボロボロの服を着ているがあどけない顔は優しさも元気さも残っている。
「保護してやる。こっちに来い」
 でも彼女は首を振る。
「こっちに仲間が……」
 ハッキリとした日本語だった。
 
 崩れてむき出しになった地下街。粉々になったコンクリートの破片を均してできた階段を降りて地下を進む。広い部屋は元々商店だったのだろうが商品を片付けて広々としている。
 その中には数人の子供がいて中央には老人がいた。七十代の男性だろうか。杖をついている所を見ると足が不自由なようだ。
「いつからここに?」
「五年くらい前から」
「食料は」
「水は近くの川から、食料は備蓄庫があって。でももう無くなりそうだったの」
 薄暗いが遠くの崩落したところから入ってくる光はここまでちゃんと届いている。
「おまえらは日本人だよな。この国は滅んだのでは無かったのか?」
 と老人が言った。
「滅んださ。他の国が奪い合ってる。俺らはその一勢力に加担してるだけだ」
「”温室”か?」
「そうだ」
「じーじ、”温室”って?」
「独立国家電脳社会主義共和国、昔私達と同じ民族が作ったもう一つの国だ。ガラス張りの人工島に引きこもっている閉ざされた国だよ」
 否定も肯定もできなかった。その中の国で習っている歴史と特に相違もない。私達の国は日本を飛び出して、どんなことも機械が決める間違いのない国を目指した。当初それがあまりにも窮屈過ぎたので今は人間の自主性を多少尊重するように方向を変えて、その結果前に私がぶっ倒した不良達みたいな不法行為ができるようにもなっている。でも始まった時はどんな権利の干渉も争いも全て”国”が判断するブレの無い国だった。それが嫌で日本に残った人が大多数だったはずだ。
「そうか。そっちは達者でやっていたのか。同じ民族に助けられて良かった」
「知らん。別の国の人間だよ。どこの国だって名目は”日本を侵略国家から守るため”だ。俺らもその一つだ」
「でも同じ民族に助けられて良かった」
 喜ぶ老人を見て不思議そうにする子供達。
 何の情報もなくただ備蓄を食べ敵とロボット兵におびえながらここで暮らしてきたのだろう。
「どうする?」
「とりあえず基地に連れて帰るべきですよね」
「ああ」
 それから先輩は。
「子供は歩けるな」
 と一人一人の顔を確認して。
「じーさん、背負わせてもらうぞ」
「おまえ一人で大丈夫か」
「平気だ」
「応援を呼べ、それまで待ってもいいんだぞ」
「大丈夫だって言ってんだろ」
 老人を背負って。
 子供を連れて。
「空知、おまえは後ろを頼む」
「了解」
 銃を撃つのも殺すのも死ぬのも誰かのためなんだけど。
 初めて本当に人を助けた気がした。

「う、痛い」
 老人が突如。
「ん?」
「く、体がうううううう」
「おい、どうした」
「動かさないでくれ」
 降ろしても老人はのたうちまわって痛がっている。
「先輩、衛生兵を呼びましょうか」
「ん、ああ」
「すまない、この子らが大きくなるまで見守ってやりたかった」
「ジジイ何言ってんだしっかりしろ」
 子供達も心配そうに見守っている。
 その傍ら、私は無線機を取り出す。
「こちら十五班、民間人を発見、負傷、要救助。座標七六、五八です」
 と言った瞬間。
「……え?」
 無線機が爆発した……のではなかった。
「空知伏せろ」
 言われるまましゃがみこむ。手に持っていた無線機が粉砕されていた。
「今のは……金属弾?」
「ずいぶん古典的なモノ持ち出してきやがったな」
 どこから狙われているのかもわからない。
 とにかく物陰に身を隠す。それにしたって相手から狙撃されない角度とは限らない、闇雲の行動に過ぎない。
「おい、おまえらも隠れろ」
 と言ったが子供達も老人も動かない。
 銃撃は彼らには一切当たらず、私や先輩が隠れた壁ばかりを狙っている。
「……てめえらの仲間か」
 既に気づいたようで、先輩はその片手間で老人に訊いた。
「仲間じゃない、俺達を買っただけの他人だ」
「俺らに恨みでもあんのか」
「無い、金と命が貰えるだけだ」
 とりあえず今ここにいれば撃たれることはない。
 とはいってもそれも時間の問題だ。相手が位置を変えればまた私達を狙撃することができるようになる。私達は先手を打たなければならない。
 銃を手に持つ。爆音と共に金属の弾をはじき出す古い兵器とは時代が違う”温室”謹製の武器を。
「おまえの一言のおかげでおまえ達を売る踏ん切りがついた。”別の国の人間”と言いきってくれてありがとう」
「……そいつはどうも」
 私はふと疑問に思う。
 この老人は隠れていない。
 子供達も。
「先輩」
「ああ」
 先輩も当然気づいていた。
 そう、奴らはロックオンもできない目視頼りの武器で、奴らの味方であるこの老人や子供達と、敵である私達を撃ち分けている。
 誤射の可能性だってある。
「じじい、おまえ金属の弾の銃って知ってっか」
「さあ? 二一世紀前半までは主流だったようだが」
「照準も弾道も手動のシロモノだ、意味わかるか?」
「……」
 そう。
 間違って当たっても構わないということだ。
 ロックオンできる私達の銃なら至近距離に味方がいても間違いなく撃てる。でも奴らはそうではない。手元が狂えば味方を撃ち殺すことになる。少なくとも私なら絶対に撃たない。
「……ったく」
 敵は威嚇のつもりか、当たらないと解っていても散発的に射撃を続ける。
 一歩でも出たら撃ち抜かれる。
 まずは焦らせる作戦だろう。
 このままここに釘付けにされている間にも、別の角度からこちらを狙っている敵兵がいるかもしれない。それこそ今まさに。
「いっそ当たって死ぬか」
「は?」
 先輩は笑いながら言った。
「その方が気楽だよな」
「まだ早いですよ。帰りを待つ人がいるんでしょう?」
「空知、おまえも女だな」
「へ?」
「女っつーのはすぐそういうことばっか言う」
 言っている間にも先輩は銃口を物陰の背後に向ける。
 敵がどこにいるのかわからないがうまくロックオンできれば形勢逆転も不可能ではない。
「どうすりゃいいんだ? 今この状況で。無事帰るにはどうしたらいい?」
 先輩はそんなことを言いながら既に手を打っている。
 これは単なる賭けで、闇雲に銃口を向けた先に敵がいればこちらの勝ち、敵がいなければ無意味な行為だ。
 でもこれもある意味では危険だ。
 相手が撃ってこなくなったからといって、死んでいるとは限らない。もしかしたらフェイントで、銃撃が止んで安心して出てきた私達を撃ち抜こうと待ち構えているかもしれない。
 無事に帰る方法。
 確実に無事に帰れる方法……。
「兵隊さん、こっちです!」
 いきなり腕を引かれた。
「え」
 何が起きたのか理解できなかった。
 女の子が私の腕を引いていた。
「兵隊さん!」
 他の子も二人三人と私の手を引く。さすがに耐え切れず私は体ごと物陰から引きずり出される。
「なっ……」
 何も考えていなかったのだ。
 そう、この人達は敵だ。
 私達を殺して敵から食糧をもらうのだ。
――うわ、終わった。
 私はそんなことを考えた。危うく口に出しそうだった。
「兵隊さん、早く!」
 そのまま一人の女の子に羽交い絞めにされる。
 慌てて正面を探すが敵がどこから撃っているのかが判らない。
 私は敵を探すのを諦めて、私を羽交い絞めにしている女の子を見た。
 まだ十歳にも満たない小さい子達。
 日本は十年以上前からとっくにこんな状態だった。こんな世界で生まれて、どういう人生だったのだろう。あの地下に流れ着いて、減り続ける食料を食べて。あるいはこうやって他国の人間を罠に嵌めながらお金や食料を貰っていたのか。
「幸せにね」
 とだけ言った。他に言ってやる言葉は無かった。
 私という人間を殺してこの子は何かを得ることができる。
 私を殺して生き残るのだ。私が軍に入らなければ私の代わりに入っていたであろう誰かの代わりである私を殺して。
 私が死ぬことに、少なくとも意味はある。誰かの身代わり。この子のため。いやもしかしたら先輩は次の一撃で敵の位置を把握し反撃し生き残るかもしれない。だとしたら私は。私の生きてきた意味は……。
「……え」
 私を羽交い絞めにしている女の子が声をあげた。
 それはさっきの私の言葉に対する返事なのか、それともよほど今の私が変な顔をしていたからなのか。
 私は再び正面を見据える。
 これから私を殺すであろう相手を探す。
 見つからない。
 見つかれば先輩への置き土産になったかもしれないが仕方がない。
 私は目を閉じた。
 怖いからというより、もうどうでもよかった。

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