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 第六章 空知知端(4/4)


 銃声が聞こえた。
 痛みが無い。
「………」
 目を開ける。
 先輩が私の視界を遮るように立っていた。
 私と、女の子の前に。
「……空知」
 声がすごく小さい。でも立っている。
「あそこだ」
 敵を指差す。
 先輩の方の向こう、迷彩服の男が物陰から身を乗り出していた。
 言われずとも銃を撃つ。引き金を半分引いてロックオン。今更気づいた男は壁の陰に隠れようとするがもう遅い。引き金を奥まで引く。倒れた。
 ……そう、敵は常に物陰に身を隠しながら撃っていた。だから私達の闇雲の反撃では捉えられなかった。狙いを定めて撃つ時だけ姿を現していたのだ。だから偶然とは言え今仕留めることができた。
「先輩!」
 羽交い絞めにする女の子を振りほどいて駆け寄る。
「ヘタクソめ」
 右腕を押さえている。ひじのすぐ上から出血していた。
「ごめんなさい、私のために」
 私を庇って? たまたま相手の狙撃が下手で腕に当たったけれど、頭を撃ち抜かれるかもしれないのを承知で?
「違えよ、あのままだと後ろの女の子に当たるかもしれないからだよ」
 私はそれから、仕方なく子供達と老人一人一人に銃を突きつけた。みんな手を挙げた。
 先輩の腕を止血しながら、彼らには一か所に固まってもらう。いつでも撃てるし、撃てば全員死ぬ。そう説明しつつ手元に銃を置いて応急手当てをする。
「先輩、この人達は」
「ああ」
 彼らは黙って目を見開いていた。怯えているのだ。私達は彼らの罠にはまり殺される所だったのだ。今まで何回そうやって殺したのかも知らないがきっと初めてではないだろう。戦闘員とみなしても何ら差支えない。それどころか戦闘の結果死亡したことにして今すぐ殺しても怒られすらしないだろう。
 でも私は何とも思わなかった。彼らが怯えていても私は全く不安がなかった。
「保護したことにしとくか」
 やはり先輩はそう言った。
「なぜ殺さない」
 老人は目をさらに見開いた。
「俺達平和ボケしてっからな」

 迎えの車の荷台に乗せられる。
 救出された日本人である彼らは”温室”に亡命するだろう。まさか暴れたりはしないだろうが一応私達が監視していることになっている。引き金を引けばいつでも殺せるように全員固まってもらって、その横で私達は膝を抱えて詰めて座っている。
「先輩」
「ん?」
「ホントすみません」
「何が?」
「私なんかのために」
「ああ」
 右腕はさっきからずっと力なく垂らされている。神経を傷つけたようだ。
「気にすんなよ」
「でも」
「むしろありがとう」
「へ?」
「俺たぶんしばらく帰れるから」
 先輩はニヤニヤしながらそう言った。
 でもそれは結果論だ。
 あんなロックオンもできない銃で狙撃されたら、弾がどこに当たるかなんて予測できない。死んでいた可能性も高い。
 先輩には彼女がいるのに。
 私と女の子の二人が死ぬことより自分一人が死ぬことを選ぼうとしたんだ。
「ダメですよあんなことしちゃ」
「おまえもな」
 きっと。
 私達は、似ている。

 第六章 空知知端 終わり

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