更地のノート>>>物語>>>P.T.C




 第七章 河辺博輔V(1/2)


「痛い」
 ってメールが俺の携帯電話に届いていた。
 空知からだった。

「……空知さん」
 病室に空知が寝ていた。]
「大丈夫?」
 言うと、傷一つついてない顔で。
「痛い」
 とだけ言った。
 でもその後すぐに笑った。

「いやーびっくりしたよ」
 次第に空知の言葉が増えていく。
「警告鳴らないんだもん。振り返ったら敵がいたの」
 個室だからいいが空知の話し声は十分に元気でそれなりに大きい。
「そんで気が付いたら倒れてた。痛かったよー。先輩いなかったら私そのまま死んでたかも」
「どこケガしたの?」
「内臓。電気弾だから外傷は殆どないんだけどね。かすって気絶してたみたい。私一人だったらそのままトドメさされてただろうね」
 だんだんと俺の方が参ってくる。
 そう、目の前でしゃべっているこの人は「一命を取り留めた」のだ。
 ケガ自体はどの程度だかわからないがこうしておしゃべりできるのだから心配とは無縁だ。でもこの人は危うく死ぬところだった。何かが間違っていたらここにいない。俺の知らない所でこの世から消え去っていた。俺にメールが届くこともなかっただろう。
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか空知はしゃべり続ける。今まで聞いたことのないような饒舌さで。
「戦闘ロボットは何体も倒した」
 という話をする。
「人も殺した」
 という話も言う。
「雨ってめんどくさいんだよ」
 なんて俺の知らない話もする。
「これが先輩の言っていた感覚なのかな」
 とも言う。
「もう戦いたくないって思っちゃう」
 とかも言う。
「君を守るためなら戦えると思ったけど、そうじゃなかった」
 とか。
「守るべき人の顔を具体的に思い浮かべなさいって教本にあったから実践したんだけど」
 とか。
「他の誰かがこんな思いをするのが嫌だから、私が軍に入ったのに」
 とも。
「……河辺君、聞いてる?」
「うん……?」
 もはやその言葉すら俺の耳には入ってこない。いや入ってきてはいる。そのまま抜けて行ってしまうだけだ。
「どうしたの?」
「いや……」
 重すぎる。
 目の前にいる人は人殺しで、俺を頼って今日ここに呼びだして。俺のことを考えて人殺しして。
 何が何だかわからなくなってくるがとりあえず言えることがある。
「何で殺しあわないといけないんだろう」
 空知はしばらくポカンとしていた。
 それはそうだ。
 俺が言ったことは俺の本音だけど、空知が聞きたい言葉などではなかっただろう。
 でも空知は。
「ふーん」
 と気にしたふうもなく笑った。
「じゃ、変えてみる?」
「え?」
「政治家にでもなれば?」
「……」
 空知は起き上がって窓の下を覗き込んだ。窓と言っても映像でできた代物だが精巧にできていて本当の風景を見ているのとなんら違和感もない。覗き込めばちゃんと下まで見える。
 俺も一緒に覗いてみる。
 三対の棟のつながる下の方。
 通称「国」と呼ばれる一つのコンピュータがある場所。
 全ての意思決定と実務を行うコンピュータ。それが人工島の中心にある。
「アレを廃止して、人間が正しい政治をやってみせてよ」
「……」
「ちなみに外の世界は今も人間が政治をやってる。過ちと争いだらけだよ」
「……」
「国が自ら他国に戦いを仕掛けないだけ、この国は進歩してる方だよ」
「でも軍を輸出してる。同じことじゃないか」
「そうだね」
 やっと言い返せた俺の言葉も空知に簡単に肯定された。
 目の前の俺の友達に。人殺しに。死にぞこないに。
 空知は俺の知らない場所で誰かを殺した。傷ついた。
 そして今でも俺の知らない所で誰かが誰かを殺している。常に誰かが誰かを殺している。昨日も。一昨日も。俺の生まれた日も。
 殺したのと殺されたのが俺でなかったのは、ただの偶然。
 空知が人殺しなのもただの偶然。
 空知じゃなければ俺は何も思わなかっただろう。でもその時は誰かが空知の代わりに人を殺す。空知の代わりに傷つく。あるいは死ぬ。
「友達になんてならなければ良かったね」
 と不意に空知が言った。
 まだ窓の下を見ていた。
「誰も友達がいなければこんな気持ちにならなかったんだろうな」
 と続ける。
「親も誰もいない私ならこの仕事が向いてると思ったのに」
 と呟いて、ようやく空知が俺を見る。
「忘れたことにしようか」

次へ→

目次に戻る