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死んでも懲りない(1/2)

 
 


 石だけ積んでいれば済んだ頃は、今にして思えば幸福な時間だった。周りは未成年ばかり、鬼も邪魔するだけで殴ったりはしなかった。ただ際限なく石を積むだけ。
 でもその部屋から連れ出され、大人達と一緒に大きな部屋に集められた。その部屋の一番前で、エンマと名乗ったスーツ姿の大男が何もない壁に扉を開いて見せる。
「ようこそ地獄へ。あなた方は等活地獄へご案内致します」
 エンマのその言葉を聞いて浩二は盛大なため息をついたが。
「行こう」
 短く呟く隣の真璃を見て、小さく頷いた。
 

 草木など生えていない。尖った石しかない地面。荒々しい砂利山。色の無い空。
「どうやったら出られるんだ?」
 と一緒にここに降り立った誰かが言った。
「出られるワケなんてないだろ、死んだんだから」
 と誰かが答える。
「じゃあなんでこんなところに来させられるんだ?」
「知らないのか? 生前の悪行を浄化して現世に転生するためだよ」
「ってことはもう元の俺には戻れないのか」
 諦めの声と共に一行は少しずつ歩みを進める。
 砂利の山が幾重にも重なり視界はそれほど届かない。
「なあ、生土さん」
 浩二は真璃の名を呼ぶ。
「さっきのあいつ、あいつがいわゆる閻魔様なのか?」
「さあ」
 その問いに、そばにいた中年の女性が答える。
「そうよ、裁きの時に居たでしょう?」
 浩二と真璃は顔を見合わせて。
「いや、私達、裁きを受けてないんで。エンマって奴に直接連れてこられただけです」
 真璃が答えた。
「そういえばあなた達子供よね。どうしてここに?」
 浩二も真璃も高校の制服姿だ。
「賽の河原でやらかしまして」
 苦笑いしながら答えた。
「私はもともと人殺しだけどね」
「……」
 浩二には平然と言い張る真璃のその話が信じられない。
 賽の河原で石を積みながら真璃はその時にもそうやって簡単に告白した。
 
 
 悲鳴が聞こえた。
 最初は一同周囲を見回したものの、この十数人の中で悲鳴をあげた者は誰もいない。
「あの山の向こうか」
 若い男が、足元が崩れるのも構わず砂利の山を強引に登っていく。
 そして。
「おい、向こうに人がいるぞ」
 さすがにこの人数で砂利山を登ることはできないので山の尾根を回り込んでいく。
 そして。
「……」
 一堂、言葉を失う。
 そこには二人の男が立っていた。
 双方が刀を持っている。片方は軍服と思われる迷彩服、片方は粗末な和服を着ている。そして口々に何か言い合い、時に鍔迫り合いをしている。
「あれは、殺し合っているのか?」
 そして争う二人の後ろでは皮膚の赤い二足歩行の馬のような生き物が、鋭い三日月形の刺又を持って勝負の行方を見守っている。
「おおおおおお!」
 軍人と思われる男が刀を振りかぶったが。
「貴様が死ね!」
 などという声と共に和服の男が一閃。
 軍人の男は倒れた。
 続いて乾いた爆発音。
「銃声……?」
「今あの男、撃ったのか?」
 軍人の倒れた後、確かに和服の男は小さく黒い物を握っていた。
 詳しい事情など知らないが、和服を日常的に来ていた時代の人間が自動小銃を知っているはずがない。
「どういうことだ?」
 浩二が呟く。
「わからないけど、この世界に時代は関係ないんじゃない?」
「ってことは、今の時代の武器がこの世界に入り込んでいると」
「いやもっと厄介な話だよ。そもそも和服着てた時代の人間がまだここで殺し合っているってことの方が問題」
 倒れたまま動かない軍服男。
 和服男は何事か叫んでいる。
 そこへ。
「生きろ」
 傍観していた馬面の怪物が人語を口にした。
「生きろ」
 二度言うと軍服男が立ち上がる。
「ぬおおおお!」
 今度は軍服男の不意打ち。起き上がりざまの一太刀に和服男の首が飛び血飛沫が散る。
「生きろ生きろ」
 馬面の怪物の声で倒れていた和服男の首と胴体が引き寄せられ再び立ち上がる。
「今更驚かないよね、死後の世界だもんね」
 と目の前の怪奇現象に対して真璃が感想を述べる。
「死後……か」
「まだ思い出さないの?」
「うん。まあ、俺の事だからロクでもない死に方したんだろうけど」
 そういうと真璃が少し笑った。
「何それ。私まで知りたくなる」
「なんか恥ずかしいな、でも知らないんだよ」
 今度は二人で笑う。
「それにしても、あいつらなんで殺し合いなんかしてるんだろう?」
 と真璃が口にすると。
「おまえら新入りか」
 さっきの馬面が近づいてきた。
「なんだあれは」
「獄卒って奴じゃないか?」
「だとしたら馬頭かな、馬面だし」
 などと一同考察を始める。
「ようこそ新入り。ここは等活地獄だ。殺しが好きな奴は好きなだけ殺せ。どうせ死なん」
「なるほど、そういうことか」
 最初に砂利山を登った若い男が一歩前に出て、一同へ振り返った。
「どうやらここで殺し合いをしろってことらしいぞ」
 右手を上に掲げて見せる。
「これは俺が殺しに使った道具だ」
 驚きの声と共に各々自分の手を見る。拳銃、包丁、毒入りと思われるグラス、果ては体の横に車が現れた者までいる。
「いつの間に」
 真璃も自分の手に握られたナイフを見て不思議そうにしている。
「ナイフ……」
 浩二はそっと呟く。
 真璃が持っているものは真璃が生前に殺しをした時の得物だろう。
 真璃が誰を何の理由があって殺したかは聞いていない。でもナイフがそこにあるのは、殺しをしたことを示す明らかな証拠。
「父黒君は何を持ってるの?」
「俺は何も無いよ」
「素手で殺したの?」
「誰も殺してない、強いて言うならこの間の鬼だ」
「あ、ああ。そうか」
 浩二は自分の死因を覚えていないが人を殺した覚えはない。そんな浩二がここに来させられたのは、賽の河原で真璃と一緒に鬼を殴った件の処分だろう。
 真璃も当初は他の子供たちと一緒に石を積んでいた。恐らくはあそこで鬼に刃向っていなければ彼女の殺しは許されていたのではないかと浩二は思う。
「人殺しの大罪を犯した者はここで永遠に殺し殺される責苦を受ける。それと、得物は無くなったら生き返る時に支給される。奪い合うも良し」
 そこまで説明して馬面はニヤけた。
「あと、殺し尽くした奴は生き返らせてやってもいいぞ」
 一同の顔色が変わる。
「なるほど、そう言って殺し合わせるわけね」
 真璃が呟いた。
「あっちも見ろ」
 馬面が自らの後ろを指差す。
 馬面の後ろ、はるか後方の山のふもとで人が走り回っている。
 走り回る人の後ろでは、人の背丈より遥かに大柄な赤鬼が棍棒を持って人間を追い回している。
「殺しが嫌になった者は俺達が殺してやる」
「なんだそりゃ」
 一同ため息をつくが、すでにここが地獄であることは解りきっているので取り乱す者はいない。
「つまり、殺し続けられた奴が一番得ってことだな」
 誰かが言う。それぞれが身構える。
 そう、殺されるのは苦しい。一度殺される方の身になれば殺すのにもためらいが生まれる人だっているだろう。しかし殺せなくなっても馬面や仲間に追い回され殴られ殺される。だったら常に勝者であれば苦痛を受けることはない。非道の殺人鬼であり続けることができれば、だ。

続く→



 

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