更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月二日の章 初見の従兄弟と婚約者 > 5/5
「……さて、私はそろそろ寝ようかと思うんで。日付変わりますし」 「あ、ああ。でも凄いですね、夜中に稽古なんて」 「昼間やったら目につきますから」 「まあ、そうでしょうけど」 それとなく踵を返そうとした時だ。 「あ、そう言えば昭島さんの親戚って言ってましたっけ?」 「え? あ、はい」 「うちはお隣です」 言われて、今や遠くに見える昭島家と、今ここから一番近くに見える向こうの家を見た。 確かに遠い。数百メートルはあろうか。 「あと、お酒飲まされたって言ってましたね」 「はい」 「……啓太の仕業ですか?」 「え? まあ」 「やっぱり……」 彼女はため息をついた。 「……どうしたんですか?」 「いや……」 素敵な衣装の彼女が盛大に頭を抱える姿が何か滑稽だ。 「……啓太は、私の婚約者です」 「え!?」 「舞を披露するってのも、実はその結婚式で神社に奉納するんです」 「えええ」 宗佑は、この夜の二人の会話の中で最も大きな声をあげた。 「ごめんなさいね。啓太には明日キツく言っときますから」 「あ、いやべつに」 「いいえ。言っておかないとあの酒飲みはロクでもないことばかりするんで」 「は、はあ……」 さすがに田舎だけあって、お隣同士の結束はそれなりに強いのだろう。彼女の反応を聞く限り、婚約者というより友達か何かのようにさえ感じる。 「私の名前は瀬見理穂。啓太が何かウザいことしたら、私の名前出してください。少しは効くと思います」 「へ?」 「おやすみなさい、東京の人」 「あ、はい、おやすみなさい」 この歳で婚約。 田舎と都会の差はこれほどあるのかと疑問にも思うが、理穂が都会に憧れる理由が少しわかった気がする。 踵を返して、ふと、食前に啓太が言っていたことが頭をよぎった。 ――そういえば、人食い鬼がどうとか。 振り返れば、理穂は笑顔で手を振って見送っていた。 「……あの」 「はい」 「啓太さんが言ってたんだけど、この村には人食い鬼ってのがいるんですか?」 「……はあ?」 どうやら、やっぱりからかわれていたらしかった。 |