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 顔に陽光が当たって目が覚めたのは、いったい何ヶ月ぶりだろう。
 健全な目覚めとはこういうものを言うのだろうか。
 起き上がると、既に外は十分過ぎるほどに明るい。窓からの光は少し前から当たっていたらしく、目蓋を閉じていたのに何やら目が眩んでいるように感じる。
「今何時だ?」
 枕元に置いてあった腕時計を見る。
「……もうこんな時間か」
 同じく枕元にある上着をモソモソと着込む。
 随分長いこと寝ていたせいか、不思議と頭は軽い。あれだけの量を呑んだのだから、絶対に二日酔いになると思っていたのだが。
 とりあえず布団を押入れに押し込み、ふすまを開けて廊下へ出る。
「……ん? 誰もいないのか?」
 長い廊下を見ただけでも嘆息が漏れてしまう。広い家だ。
 昨日見せてもらったが、二階が三部屋。いずれも六畳ある。一階はもっと広い。その上に別棟の納屋があるのだから、よくこれだけの生活空間を三人で使いきれるものだと思う。東京の宗佑の家は、ここの二階から一部屋を削って風呂や便所や台所などをつけた程度に過ぎない。一階や納屋なんて計算の外だ。
「おはようございまーす」
 とりあえず二階に向けて言ってみたが、返事は無い。
 やはり誰もいないのか。
「……どこ行ったんだ?」
 続いて廊下を反対側に歩いていき、いくつも枝分かれした廊下からそれぞれ風呂場や倉庫などを見てまわったが、誰がいる気配も無い。
 昨日のリビングは日当たりの悪い部屋であったが、ここも電気が消えている。当然ながら誰もいない。台所も覗いたがこちらも無人だった。
「……」
 それから再び少し引き返して、今度は廊下から外れて和室の中へ入り、八畳ほどの部屋の奥へ行ってふすまを開ける。奥にも八畳ほどの和室があったが、こことて廊下に面しているのでさっき覗いている。もちろん誰もいない。
「……あれ?」
 奥に仏壇を見つけた。
 遺影は三つ。
 いずれも非常に若い男である。
 但し、左と真ん中の男は和服を着ていて、色が淡くザラザラした紙に印刷された肖像であるのに対し、右の男は洋服で、ツヤのある紙に印刷されている。どう見ても右の写真の方が、それも数十年は新しい。
「……雅美さんの夫かな」
 この農業地において、男手の無い家庭はさぞや苦労することだろう。
 二代続いて女手ひとつで子供を育て家を守り抜いてきたというのなら、そこには余程の努力があったに違いない。
――大変なんだろうな。
 一泊の礼に仏壇へ手を合わせた、その時だ。
「お〜い、東京もん、起きとるがか?」
 玄関の方からエツの声が聞こえた。
「はい?」
 滑る廊下を走って玄関へと向かう。
「啓太知らんねが?」
「へ? 啓太さん?」
「おお。今朝起きたらおらんがに」
「何ですって?」
「知らんがか?」
「ええ、知りません。……しかし」
「まあええがに、朝食は台所のテーブルにあんねが。食べられ。おらは探しに行って来る」
 と言って玄関の戸を閉めて出て行ってしまう。
「行方不明ってことか?」
 泊まっている家が騒動になっている時に、いったい何を寝坊していたのか。
 といいつつも薦められた通り朝食をご馳走になった。
 一人で食べると何か寂しい。
 もちろん知らない家の誰もいない部屋で食事をしているからではある。
 だが、それ以上に、何か得体の知れない感情が背を押している気もする。
「啓太が行方不明ですって!?」
 ベルも鳴らさず扉を開け放って誰かが入ってきた。
 声の主はドタドタと廊下を歩いてくる。しかしその声の質はエツのものでも雅美のものでもない、もっともっと若い。
「……あ」
 そいつが居間に飛び込んできた時、宗佑は納豆と白飯を口に入れて、箸を咥えたまま振り返っていた。
 入ってきた理穂は。
「……おはようございます」
 宗佑の寝間着姿を見てそう言ったのだろう。
 宗佑は慌てて左右を振り返るが、羽織るものもないし既に手遅れである。結局何もしないで呆然と、部屋の入り口に立つ理穂を見上げている。
 対する理穂は、青いジーパン、明るい緑のキャミソールのような服に、白い上着を重ね着している。胸元が開いているのは都会でもよく見かける流行のファッション。昨夜のイメージとは全く異なる、強いて言うなら何の印象にも残らない普通の服装である。少なくとも、今の宗佑の寝間着姿より余程無難な格好と言える。
「お、おはようございます」
 あまりにも情けなくなって、ついに笑ってごまかしたら、理穂も笑いながら出て行った。
 

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