更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月三日の章 田舎村観光 > 8/15

 

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 四人がけのテーブルが複数並んだ店内は暗く、「店」ではなく「家」の空気が充満している。奥の方には暖簾のかかった厨房。湯気が客席にまで漂っている。
「おばさん達に言った方がいいよなあ」
 と、宗佑は今更その心配をする。
 この村にいる間は祖母の家が宗佑の家のようなものなのだし、昼食を用意されていたら黙って外食で済ませるのは失礼でもある。
「言わない方がいいよ。あの人達、今はあなたのお昼のことなんか考える余裕もないだろうから。言えばわざわざご飯作らせることになるだろうし」
「……そういうもんなの?」
「そういうもの。言わなければ、自分達のご飯なんか忘れて必死に啓太を探してるはず。そういう人達だから」
「………」
 宗佑は理穂の顔をまじまじと見つめる。
 もうじき結婚すると言っていた。そうだとすれば、雅美やエツと理穂は未来の親戚ということになる。もちろん宗佑とも、だが。
「……何?」
「いや」
「婚約者が失踪したって言うのに、呑気にお昼なんか食べる私がおかしい?」
「そんなこと言ってないよ」
「ちゃんと心配はしてるよ、私だって。……けど、啓太のことだから、大丈夫だと信じてる」
 そこへ目の前にコップが置かれる。
「あら、瀬見さんの」
 割烹着を着た中年の女性は理穂の顔を見て笑顔を作る。
「女将さん。お久しぶりです」
「……そちらは?」
 女将と呼ばれた女性もまた宗佑を気にする。この村では、見ない顔というのが余程珍しいのだろうか。
「啓太の従兄弟です。つまり私の未来の親戚」
「あらー。それが東京からわざわざ」
 女将は妙にニヤニヤしながら宗佑の顔をのぞきこむ。
「で、何にしましょうか」
「私は盛りそば。宗佑君は?」
「俺? じゃー正油ラーメン」
「はい、すぐに」
 女将は暖簾をくぐって厨房へ向かう。厨房の様子は、本当に、ただ少し広いだけで家庭の台所といった印象だ。柱の色や戸棚など、どれも古ぼけてはいるが。
「あ、蓬! 遅いぞ!」
 外から叫び声が聞こえる。
 店の入り口のすぐ外に立っている、さっきの中学生くらいの少年の声だ。
 遅れて、足音が近づき。
「ごめん、田植えが終わんなくて。でももう大丈夫、お母さんから許可もらった」
 そして二つの足音が遠ざかる。
「若いカップル多いな、この村」
 注文を済ませたのにメニューを凝視していた理穂へ、宗佑がそっと感想を漏らす。
 もちろんそれは、理穂と啓太にも向けた言葉である。
「他に楽しみの無い村だし」
 メニュー表を机の端によけて。
「一秒でも早くから仲良くしとかないと、いつまでもずっと一緒にはいられないんだからね」
 そしてため息。
「現にこうして、啓太に逃げられちゃったわけだしさ」
 という呟きは、ラーメンと盛りそばに遮られた。
「おまたせ。啓太君がどうかしたの?」
 すかさず女将からツッコミが入るが。
「またどっかほっつき歩いてるみたいです」
 とだけ答えた理穂は二膳の割り箸を取って、片方を宗佑に差し出した。
「ありがと。……午後も探すのか?」
 受け取りながら訊ねる。
 理穂は既に盛りそばに箸を突っ込んでいた。
 多種の薬味と、小鉢の煮物が少し豪華だ。
「探すよ。出てきてくれるまでは」
 そう答えると、厨房に戻りかけていた女将が振り返って一言。
「そうね、そうでないと大変なことになるものね」
 独り言のようにそう呟くと、さっさと暖簾をくぐって奥へ消えてしまった。
「食べないの?」
 呆気に取られていた宗佑に、理穂が訊ねる。口に入れる寸前で止めたそばが揺れている。
「ん? いや」
「食べなくても自分で頼んだ分は払ってよね」
「解ってるよ!」
 

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