更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月三日の章 田舎村観光 > 13/15
「そういうつもりだった、ということですか」 「そやそや」 「………………」 最後に二人を見回した理穂は、今度は急に俯いた。 「……」 宗佑はその顔を思わず覗き込もうとして、遅れて理性がそれを制する。 啓太がいなくなって一番悲しいのはエツと雅美と理穂のはずだ。 今朝から今まで、理穂が顔を下に向けたことは一度もなかった。 それが今、宗佑にはよく解らないやり取りの中で、顔を下に向けたのだ。 「……宗佑さん」 と、雅美は構わずに続ける。 「理穂さんをどう思いますか?」 「へ?」 空気を読めずに理穂の顔を覗き込もうとしたことを悔やんでいた宗佑に、更に場を見ない雅美の発言。宗佑は思わず素っ頓狂な声をあげた。 「悪い子ではないでしょう?」 「ちょ、何を急に……」 と言いかけて、宗佑も意味に気づく。 慌てて理穂を見たが、理穂は特に反応をしていない。 「私の養子になれば、啓太の代わりに彼女と結婚して頂くことになります……どうですか。悪い話ではないでしょう?」 「……………」 いいと言うのも理穂に失礼だが、悪いと言うのも失礼だ。 どうしたものかと思って理穂を見ていると、理穂は目のまわりを袖で拭って。 「宗佑君、私も賛成する。そうでないと、お互い困ったことになるから」 「困ったこと?」 「この村の女はね、結婚できないまま成人すると、巫女になってあの神社で暮らす決まりがあるの」 「……俺に、君のために結婚しろと言ってんのか?」 「あなたのためでもある。あなたはよそ者で余計なことを知っちゃったから暗護佐に狙われるけど、あなたがこの村の人になれば、あなたも暗護佐に守られる側になる」 「……けど」 「最終的に決めるのは宗佑君自身だけど……どうかな」 「どうも何も、結婚だとかそういうことを軽々しく決めんなよ!」 雅美は困った顔をする。 エツは更に笑顔で黙っている。 「でもさ宗佑君、ひとつ聞いて欲しいんだけど」 「何を」 「あなた、もうこの村から出られないよ?」 「………は?」 理穂は申し訳無さそうに続ける。 「ただの来客なら良かったんだけど、あなたは暗護佐を見ちゃったから。……生きては出られない」 「生きて出られない? って言ったって、村から出る道はあるだろ?」 「あの道はね、途中の家に見張られてるんだよ」 「見張られてるったって、そんなの」 「暗護佐の息がかかった家が、だよ」 「……って」 「暗護佐に会っちゃったあなたは、もう村から出してもらえないってワケ」 エツはまだ笑顔。 雅美も、なぜか笑っていた。 「啓太を見たでしょう?」 理穂は更に言葉を続ける。 「あれは、逃げ出そうとして見つかったんだよ」 理穂は突然立ち上がった。 「そうでしょう、二人とも」 雅美が口を噤む。 エツは反応しない。 「逃げようとした?」 「理由は知らないけどね。まあ二人は知ってるんだろうけど。……夜中にいなくなったんだから、大方夜中に村を抜け出すつもりだったんだろうと思う。それが暗護佐に見つかって。……暗護佐の奴、さっきはわざと目立つように歩いてたんじゃないかな。啓太が発見されるように」 「……ダテじゃないんだな、その暗護佐って」 理穂は二人を一瞥して、玄関に続く廊下へと足を進めた。 「宗佑君、考えておいて。殺されるか、私と結婚するか」 「ちょっと待てよ、そんな簡単に結婚だなんて」 「ああ、それは大丈夫よ」 雅美が横から口を挟む。 「その気になれば、明日にだって出来ますから」 「は?」 そこへエツも口を開いて。 「一晩考えればええがに。悪い話じゃなかろうが」 そこまでの会話を聞くと、理穂は長い廊下に姿を消した。 |