更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月三日の章 田舎村観光 > 12/15
とりあえずは昭島邸のリビングに落ち着いた。 昨日はやたら賑やかだった夕時のこの部屋に、今は理穂と宗佑しかいない。あれだけテーブルを賑わした料理も無い。今日は電気すら点けていない。 「……」 理穂はこたつに入りながら、既に色を失いつつある空を窓から眺めている。 宗佑はというと、時計と窓の外と理穂の顔をかわるがわる見比べるだけ。 見知らぬ家のこれだけ広い部屋に真っ暗なまま佇み、おまけに理穂が物音ひとつ立てないでいるとなると、妙な寂しさと言い知れぬ恐怖感すら覚える。 あまりにもたくさんの違和感がこの部屋を錯綜しているのだ。 ある時、ようやく理穂が。 「……宗佑君」 と口を開いた。 「ん?」 「あなたは何でここに来たの?」 「何でって?」 「ただ遊びに来たわけじゃないでしょう。今まで一度も来たことが無かったのに、どうして今更」 「今更って……。何か、急にエツさんに呼ばれて。あ、エツさんっておばあちゃんのことね」 「解ってるよ。……そう。急に呼ばれたの?」 「うん、四月の下旬に。手紙で」 「用件は?」 「用件……ねえ。大事な話があるとか何とか」 「大事な話って何?」 「いや、まだ聞いてないんだけど」 理穂はようやく宗佑に顔を向ける。 「本当に手紙の内容はそれだけだったの?」 「うん、ちょっとした挨拶以外は、大事な話があるから来てくれってだけで」 「……」 「昨日その大事な話を聞こうとしたら、聞く前に啓太さんに散々飲まされて……それで」 「……」 宗佑が覚えている啓太はそれが最後だ。 まさにフェードアウトといった印象で、明確な最後も思い出せない。ただただひたすら日本酒を注いできた姿しか覚えていない。 「……ありがと」 理穂はまた窓の外に目を向けた。 このままでは、またさっきの状態に戻ってしまう。 「……なあ、理穂さん」 理穂は横目でチラッとだけ、宗佑の方を向く。 「こんな時に聞くことじゃないけど……さっきのあの黒い奴は何?」 「……」 理穂の鼻が鳴ったのは、笑ったのかも知れない。 「宗佑君、覚悟して聞いて欲しいんだけど」 「え? うん」 「あれはね、この村の秘密なんだよ」 「……へ?」 「もしも村外の人間に知られたとしたら、口を封じられることになるんだけど」 「何を冗談を」 理穂は、再び宗佑の方に目を向ける。 藤色の空がそのまま宿ったような目で。 「あの人達はね、一種の人柱みたいなものなの。ずっと昔からあの神社に常駐して、神の使いとして村のことを守ってくれてる」 「守って? 俺はあいつに襲われたぞ!」 「啓太もね」 理穂の目つきが険しくなる。 |