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「寒い」
 目を開ければ、少し乳白色の混ざった、濁った橙色の空。
 東京とも大阪とも大して変わるものではない。なのに明らかに違う空気の質。水のにおいも草のにおいも少しは慣れた。
 起き上がって布団を畳み、枕元にあった携帯電話を見る。時刻は六時四十分過ぎ。電波はやはり圏外のまま。
 部屋を見回す。昨日の夜のことは跡形もない。全く見慣れない、ただの祖母の家の一室である。
 
 
 居間に行くとテレビがついていて、エツがお茶を飲みながら画面を眺めていた。
「宗佑や、心は決まったがか?」
「……」
「まあええがに。座られ」
 エツは背後の棚から湯飲みを出して、急須からお茶を注いで差し出してきた。
「……おばあちゃん、何で俺を呼んだんですか?」
「ん?」
「大事な話って、結局こういうことだったんでしょう?」
「ああ、そや」
「知ってたの? 啓太さんが死ぬってこと」
「……」
「それで代わりに俺を理穂さんと結婚させようとしてたの? 啓太さんの穴埋めのために」
「違います」
 既に着替えた雅美が入ってきて、エツの隣に座る。宗佑とは向かいになる位置だ。
「それは違います。本来、あなたはやはり理穂さんと結ばれていたはずなんです」
「は?」
「それをあの男が……自分だけのために!」
 拳を握る雅美の方にエツが手をかける。
「やめんか雅美。言うてもしょうもない。そんにこうして、宗佑はここにおられっちゃ。それでええがに」
 二人は暫く睨み合うが。
「……朝食にしましょう」
 そう言って雅美は台所へ行ってしまった。
「宗佑や、おらは啓太が死ぬなんど、考えてもおらんがったぞ」
 エツはにっこりと笑ってそう言った。
 
 
 朝食を食べ終え、エツと雅美は台所で皿を洗っている中、宗佑は呆然とテレビを見続ける。
 テレビは極めて平凡な全国のニュースを流していた。高熊窪のタの字も、昭島啓太のアの字も出て来やしない。交通情報なんかもやっている。今日は、Uターンラッシュの始まりらしい。
「……待てよ」
 ふと思い出したことを口にする。
「おばあちゃん、帰りの切符ってのは……」
 手紙には確かに書いてあった。帰りの切符はこちらでご用意できます≠ニ。
「一昨日、封筒を渡したがな」
 そっけない返事が台所から返る。
「その金で帰られ。帰れんなら」
「……」
 何となく解っている。
 エツも雅美も、決してまだ見ぬ孫や甥の顔を拝みたくて呼んだわけではないということを。
 奇妙な居心地の悪さに加えて、今日はなぜか結婚することになってしまっていることも宗佑の心に不安を植えつける。
――来なきゃ良かった。
 後の祭りである。

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