更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月四日の章 赤の融合 > 2/14

 

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「おはようございます」
 という一声で、後の祭りはお開きになった。
 コタツから体を伸ばして、廊下を見る。長い廊下のはるか先には、玄関の扉を開けた理穂の姿。
 昨日と同じ、あの舞の装束で。
「おお、かわゆうなられた」
 台所から出てきたエツが玄関まで歩いていく。宗佑も続いてコタツから出て、玄関までその姿を拝みに行く。
「……あれ」
 理穂の後ろには、理穂より十歳以上年上には見えない女性。
「あのっ」
 宗佑は何か言おうと思うが、何から言えばいいか解らない。
 相手の親への挨拶もしておらず、それどころか宗佑は理穂の親と面識すら一切ないのに、理穂は今日宗佑の嫁となるのだ。
「どうしたの?」
「いや、ほら、あの、俺昭島宗佑じゃん?」
 理穂に自己紹介してもしょうがないのだが。
「……違うの?」
「いや、そうなんだけど。そうでいいんだけど」
 というぎこちない二人のやり取りを見て、女性は笑った。
「私とも会ってるらに?」
 彼女が宗佑を凝視する。宗佑はその顔を見て。
「あ……えっと、軽トラの荷台で?」
「そやそや。あなたが、新しい昭島さんの息子さんだったとはね。ビックリ」
 と言って彼女は笑う。そう、名前は確か暎子だ。歳の割りに酷い訛りである。
「理穂ちゃんから話は聞いておるのよ」
「……理穂ちゃん=H」
「聞いてないが? 私は理穂ちゃんの親でもなんでもない。理穂ちゃんには親がおらんがな」
「……え?」
「もう何年になるか解らんですけど」
 理穂は平然と二人を見ている。されて気分のいい話では無いはずだが、平然と。ということは、この話は理穂にとって昔話でしかないのだろう。
 そう言えば理穂の事情など少しも聞いていなかった。
 宗佑は、理穂の親に何の挨拶もしていないのではなく、挨拶をする相手が最初からいなかったということになる。
「結婚したら、私、暎子さんに頼んで家を全部売っちゃおうと思ってたの。ここに住ませてもらって、田んぼは二軒分くっつけちゃって」
「そや。そしたら、私も理穂ちゃんを安心して放っておかれるのに」
 と、仲のいいらしい二人が笑い合う。
 見たところ、暎子の年齢は理穂よりも片手以上大きい。が、確かに親子に見える年齢差ではない。少し歳の離れた姉と妹、程度のものだろうか。
「放っておくなんて言わないでくださいよ」
「でも、本当に感無量っちゃ。泣き呆けてた理穂ちゃんが結婚なんて」
 理穂は照れ笑いをする。
 その様子だけ見れば、姉と妹のようにも見える。
「それじゃあ宗佑君。これから理穂ちゃんをお願いします」
「え……えっと……」
「この子は、こう見えても家事はできるで」
「いや、でも」
 しどろもどろの宗佑に、暎子は目を丸くする。
「何か不満が?」
「いや、いいのかな、って」
「いいって、何が」
「あの、啓太さんのこととか」
「ああ」
 暎子は、ほんの僅かな思考時間を経て。
「それは残念だけれど、今日はそれを考える場じゃないでしょう」
「……はぁ」
 エツも、横でさも当たり前のように頷いた。
「……あと、もう一個」
「はい?」
「理穂さんはこんなに着飾ってるんですが、俺は何もしなくていいんですか?」
「……宗佑君、この村について何も知らんが?」
「ええ。全く」
 

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