更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月五日の章 甘い味の新婚生活 > 1/21
目が覚めた時に見たものは、見たことの無い天井。 張り巡らされた木の板の下を筋交いのように這い回る細い柱。そこへ電灯の影が長く伸びている。窓の外は炎の色。ちょうど東側の窓のようだ。 戸の向こうからはかすかに風音。換気扇の音。それに混じって、たまに水音も聞こえたりする。 布団を跳ね除ける。着ていたのはシャツとトランクスだけ。枕の脇には畳んだジーパンがそっと置いてあった。 とりあえず起き出してズボンを履いて、それからふすまを開ける。 ここは廊下の途中。右を見ても左を見ても薄暗い廊下。床も天井も板張りで、裸電球がぶら下がっていた。 物音を頼りに左へ進む。左右にあるふすまは全て閉じられていて、行き当たったのは洋式の扉だった。モザイクガラスの向こうには光があるようで、物音もその向こうからする。 そっと手をかけた。 開けた途端に、熱気と湿気が顔をなでる。目の前には椅子とテーブルがあり、その向こうでは鍋が煮えていて、そこから水蒸気が大量に発生していた。 「おはよう」 そっけない言葉が自然に宗佑の耳に入る。 「早いな」 「犬の散歩しなきゃだし」 見回すとすぐ傍の壁に時計があった。時刻は五時五十分過ぎ。 「座ってもいい?」 「誰がいけないなんて言うの。ここは今日からあなたの家でしょ」 「……そうか」 そういえばそうなのだった。 「ところで、犬なんて飼ってたんだ?」 理穂は鍋から目を離さない。煮ているのは鶏肉のようだ。 「そう。もらったいぬだけどね」 宗佑は理穂につられて鍋を見て。 それから。 「……ちょっと待った、もっかい言って」 「へ? このいぬは貰ったいぬだよって」 「……訛ってる!」 理穂はビックリして振り返った。 「え、訛ってる?」 「俺はいぬ≠チて言うけど、理穂さんはいぬ≠チて言った」 「……ああ、そう」 再び目線を鍋に戻す理穂だが、暫くして。 「これでもテレビ見て勉強したんだから!」 また急に振り返ってそう言った。 「勉強?」 「共通語のお勉強! 訛ってたら恥ずかしいから」 「そういや、ここの若い人達ってあんまり訛ってないよな。啓太さんも」 「そやそや。おら達はみな都会に憧れんねが」 むしろわざとらしい訛りで返事をする傍ら、理穂は鍋から取り出したものを金属の皿に盛り付けていく。 「ねえ、それは?」 「いぬの餌」 「俺の朝食じゃないのか……」 「おあずけ。おらはいぬに餌やってくるが。そこで待っとられ」 理穂はその皿を持って勝手口から出て行ってしまった。 宗佑は、部屋の中を見回す。 年季の入った、しかしよく手入れのされた台所だ。 |