更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 八月一日の章 罪業妄想 > 2/2
「……なあ、宗佑」 「何?」 「おまえが今ここで暮らしてる。それが答えだろ?」 「……」 宗佑は、今度は左肩に手をあてがってみた。傷はとっくに治ったが、歯型の痕がしっかりと刻まれている。 「そっか」 スイカを食べ終えたちょうどその頃に玄関のブザーが鳴った。 母がドアを開け、黙って宗佑を玄関に招いた。 ドアの先に待っていたその姿を見て、瞬間的に笑ってしまった自分に気付いたときに宗佑は負けたと思った。完全に意表を突かれた。 「待ってたよ」 すっかり夏服の似合うようになった理穂がそこにいた。 「今、入ってくのが見えたから」 「見てた? どっから?」 「向こうの棟に住んでるの。知らなかった?」 「聞いてない」 振り返れば母はにやけている。この女は絶対わざと黙っていたに違いない。 父である宗孝は憮然とリビングに座ったまま、こちらを見ようともしなかった。 「それで、どうなったの? 逢えるなんて思ってなかった」 「さすがに無罪放免とはいかないけど私一人が悪いわけじゃないしね。バイト始めたよ、でもまだカウンセリングも受けてる。ったく、私は実験体じゃないっつーの。心理学者ってヤな奴だね」 「大学の心理学の先生は確かにヤな奴だったよ。」 テレビでは今さら、数ヶ月前に話題になった田舎村の奇習を特集していた。上半期のニュースの総集編だとか。 宗孝はそんなテレビを見ても、こちらを見ることはしない。 「……全部水に流せたわけじゃないんけど」 差し出された理穂の手を、宗佑は迷わず握った。 理穂の本心がどこにあるかなんて今でも宗佑には解らない。だから世間でいうところの「手を握る」という行為と今のこれは違うのかもしれない。でも理穂とは元々まんざらでもないことばかりしてきたし、今はこれでいいと宗佑は苦笑いする。 「無かったことにはしないけど、でも今は取り敢えずは喜ぼうと思う」 「そうだよな。今度は俺が街を案内する番だ」 理穂が一歩目を踏み出して。 「母さん、ちょっと遊びに行ってくる」 |
おしまい