更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月二日の章 初見の従兄弟と婚約者 > 3/5
中では老婆が丁寧に出迎え、「今夕飯ができるから」と、居間のコタツに通された。 台所からは女二人の話し声。片方が老婆、エツ。もう片方は、恐らく宗佑の叔母にあたる、雅美であろう。 そして宗佑の隣には、さっきの青年、啓太。 聞けば啓太の方が年上だというので驚いた。どう見ても啓太の方が幼い。外見ではなく、仕草といい何といい。 「東京ってどんなとこだ?」 さっきからこの啓太という男に質問攻めである。 東京がよほど珍しいらしい。 「だから、俺は今は大阪で暮らしてるんですってば」 何度言っても理解しない。都会イコール東京という頭があるようだ。あるいは、啓太の認識としては、宗佑は「東京にいる親戚」なのかもしれない。今は大阪に住んでいたとしても。 「東京も大阪も変わらんよ。どうよ」 「どうったって……何を聞きたいのやら」 「あれか。電車走ってんだろ?」 「走ってるますよ、そりゃまあ」 「さすが都会だな、時代が違うっちゃ」 「いや、時代とかそんなんじゃなくて、単純に人が多いだけかと」 「こっちなんか何も走っちゃおらん。バスもずっと手前までしか来んし」 などと話していると、台所の戸が開いて、お盆を持った中年の女が現れる。 「啓太、あんまり質問攻めにしたらかわいそうよ」 「いやでも後学のために」 などと言う啓太を無視し、中年の女は啓太と宗佑の前に茶碗を置いた。 「宗佑君ね? 遠いところをわざわざ。私は雅美といいます」 「ああ、どうも。昭島宗佑です」 続いてエツも出て来て、卓上に味噌汁、おかずなどなど、次から次へと乗せていく。 「都会の若い衆には口が合わんかもしれんがに」 「いえいえ、とんでもない」 雅美がもう一度運んできて、そして二人も卓についた。 宗佑は目の前に出揃った食事に目をやる。 ぜんまいを煮たものとか、茹でた蟹とか、刺身とか。普段自宅で食べているようなものとは違い、品目がやたらと多い。 「さあさ、食べられよ」 実に自然な雅美の言葉で、エツと啓太が静かに箸を取る。 宗佑もそれに倣い、早速ご飯に口をつける。 「あ、うまい」 米の味が解るほど宗佑の舌は繊細ではないが、それでも「少なくとも違う」程度には感じられた。 「ここで取れたお米ですからねえ。たくさん食べられてください」 雅美はそう言って、自分は蟹に手を伸ばす。 「大阪からは遠かったでしょう?」 「ええ、まあ。夜行で疲れました」 「今夜はゆっくり寝られるといいですよ。どうせこんな田舎じゃ、夜は他にやることもないですしね」 「ええ、お言葉に甘えて」 「そうそう。それにな」 横合いから啓太が口を挟む。 「夜中になると人食い鬼が出るぞ」 「……へ?」 啓太はゲラゲラ笑う。 「これ、脅かしてどうするの」 大学生の男を人食い鬼の話で脅かそうとするのはどうかと思うが、年上のはずの啓太という男はそういった子供騙しに平気で騙されそうに見えなくも無い。 「おお、そや」 エツは不意に立ち上がって、背後の背の低い食器棚の上の有象無象に手を突っ込む。 そこから白い封筒を掴んで、卓を迂回して宗佑の横まで来る。 「わざわざ来てもろうて、ほんに気の毒な」 と、封筒を出してくる。 渡される時に間近で見たエツの顔は、宗佑の母方の祖母と比べて随分丸い。しゃれっ気のかけらもない服装は簡素な和服で、しわだらけの顔は苦労の証という奴か。 「小遣いだっちゃ。しまえ」 と、白い封筒の中身を見せられた。諭吉さんが、二人。 「え、いや、でも」 「ほんによう来られた。孫の顔が見とうておられんかったが」 「……はあ」 十九歳にして初めて拝む父方の祖母の顔。 確かに丸い輪郭は父親に似ている。 宗佑はそっと封筒を膝の横に置いておく。すぐにしまうのもかえって失礼に思えた。 「宗孝は元気か?」 「ええ。まあ。最近中年太りしてますが」 雅美がバチンと箸をおいた。 啓太も宗佑も、ビクッと肩を揺らす。 「落とされたぞ?」 エツはやはり笑顔で、雅美の箸を取って手渡した。 明らかに卓に叩きつけられた箸を、だ。 「……で、おばあちゃん」 その呼び方は物凄く違和感があるが、「エツさん」と呼ぶのもあまりにも失礼だ。 「大事な話って、何ですか?」 エツは黙って箸を進める。 暫く待ったが返事が無い。 「なあ、おかあ。酒は?」 啓太は突然大声でそんなことを言い出した。 「台所よ」 「よっし」 彼は返事を聞き次第、早速立ちあがって台所へ行き、そうかと思えばニタニタ笑いながら居間に戻って来た。 その手には、二つのお猪口。そして瓶。 二杯注いだ次の瞬間には、片方を問答無用で宗佑に押し出してきた。 「俺はおまえの従兄弟ってことになるな」 「あの、俺お酒は……」 「都会の話聞かせてくれよ」 「いや、でも俺未成年……」 「まあ飲めって」 強く押し出され、仕方なく宗佑はお猪口を受け取る。 「いいのかなぁ」 「いいっちゃ。この村は十五で解禁だ」 などと言って、手を強引に押されて日本酒を口の中にぶち込まれる。 途端に口の中が熱くなる。体はこれを異物と判断する。 「どうせ大学じゃ飲んだりしてんやろ?」 「全然。サークルとか入ってないし」 「そういうもんけ? 都会者は中学出たらフシダラなんだとか思ってたが」 飲み干したお猪口に、すかさず日本酒が注がれる。 「この村がどんなもんか知らないけど、そんなに変わんないと思いますよ」 「そうかぁ?」 「たぶん」 とにかく先にご飯を食べよう。宗佑はそう思って、お猪口を手放して茶碗を取る。食物で満たしておけば酒にも酔わないだろう。 が、啓太は宗佑が手を離したスキにまた波々と酒を注いでしまう。 「大学で何やってんね?」 「法律を。あんまおもしろくないですけど」 「法律か! じゃあ弁護士とかになんのか?」 「いや、そんなに頭良くないです」 「そうか。じゃあ飲め」 「へ?」 まだ口にご飯が入っているのに強引にお猪口を突きつけられ、米と混ざった米酒が口内で地獄の味をかもし出している。 「彼女とかいんのか?」 「え? ……あ、いや」 「そうかぁ。まあこんな田舎にもいい女は全然おらんけどな」 啓太は妙にニタニタしている。 これはもう出来上がってるな。そう思った瞬間。 「彼女いないなら飲めよ。ほら飲めぇ〜〜!」 「え? わあ」 瓶を口に突っ込まれた。 「ちょ……助けっ……」 エツは笑って見ていた。 雅美は、不干渉を決め込んでいるようだ。 |