更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月三日の章 田舎村観光 > 5/15
「ここで? 結婚式を?」 「そう。親族とか村の人はここで二人を見守るの」 と、理穂はその、廊下で巡られた建物へ近寄る。 「お嫁さんはここで神様に舞を奉納する。今まで育ててくれてありがとう、これからも村の一員として生きていきます、って誓いの代わりに」 「昨日の舞は、そのための?」 「そう」 理穂は少し首をすくめた。 照れている、らしい。 「じゃあ、男はその間何すんの?」 「何もしないよ。じっとお嫁さんの舞を見てればいい」 「何もしないって……」 「この村は女の村だからね。考え方としては、男が女の婿に行くって感じかな」 「変わった風習だな」 「でしょ」 と、渡り廊下を歩く者が目についた。 見れば、朱色の袴に白衣を着た女が、ゆっくりとその渡り廊下を歩いていく。 「……巫女か?」 髪の長いその女は、宗佑に一瞥を投げただけで、そのまま奥の平屋の建物へ向けて行ってしまった。 「巫女だよな。巫女なんかいるんだ?」 「いるけど、どうかした?」 「いや、本物だなあ、って」 「巫女に偽者なんかいるの?」 「え? うん。まあ、少なくとも東京のある場所には」 それがコスプレとは言えない。 「はあー。都会って変なところだねえ」 「変って言えば、確かに変だけど」 それはあまりにも局地的な話だが。 「でも、ホント、田舎っておもしろいな。考え方とか全然違って」 「そう? 私は都会の方が憧れるけど」 「そんないいものじゃないって」 「行ってみたいよ、一度くらい」 「行ったことないの?」 「ないよ。……行けるものなら行ってるだろうけど。…………………お金もかかるし」 それから理穂は振り返って、左手にある山の斜面の方を見る。 「おもしろいついでに、おもしろい話を紹介してあげるよ。あれ、何だと思う?」 と、理穂が指差す先の斜面には、小さな洞窟があった。 高さも横幅も、人間より一回りか二回り大きい程度。 「神社の施設?」 「はずれ。まあそうとも言えるかも知れないけど、神社とは関係ないよ」 近づけば近づくほど、ただの洞窟である。それも、どうも手彫りらしい。 真っ暗で一切内壁の見えない穴は不気味でもある。 「これはね、恋人同士の願いが叶う洞窟なんだよ」 「……マジで?」 「どう? ロマンチックでしょ」 「そりゃ、それだけ聞けば確かにそうだけど」 目の前にある穴は、ロマンチックなんて言葉とはほど遠い無愛想なただの穴。 中から染み出してくる陰気な空気も、洞門も、決して甘い要素は無い。 「……不気味かな?」 「どう見ても不気味だよ」 「うーん、宗佑君は鋭いねえ」 理穂は少しだけ中を覗いた。 「恋人同士の願いが叶うって、私言ったよね?」 「うん」 「じゃあ、恋人同士って何を願うと思う?」 「え? えっと、永遠の愛とか?」 言ってから途轍も無い恥ずかしさを覚える。 当然理穂も笑っていた。 「……でもまあ、いい線いってるかな」 理穂は鳥居の方へ向かって歩き出した。 そう、ここに啓太がいないなら、ここを探す必要も無いのだ。 失踪した人間が、あの洞窟の中でかくれんぼをしているとも考えられない。穴の中を探すまでも無く、ここに啓太はいない。 「結局、二人が願うことって、ひとつになること≠カゃないかな?」 帰る途上、理穂はふとそんなことを言う。 「ひとつになる?」 「そう、ひとつになる」 「それって」 「まあ、物理的には不可能なんだけど」 宗佑の顔が見る見る赤くなる。 「子供の頃は全然気づかずに洞窟の前で遊んでたけど。よくよく考えれば、ずいぶん露骨な風習ってワケで」 「う、うん」 「どうしたの宗佑君。啓太は何とも思ってなかったみたいだけど?」 「べ、べつに。理穂さんこそ何も思わないの?」 「思うって、何を?」 理穂が宗佑を見る目は、明らかに優位に立っている者の目だ。 子供をからかう大人、と言ってもいいかもしれない。 「まあ、将来の夫婦だしね」 それが結論、ということだろう。 宗佑が文字通りの未成年であったとしても、目の前にいる同い年くらいに見える人間は、宗佑よりもひと回りほど大人なのだ。 |