更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月四日の章 赤の融合 > 4/14

 

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 お茶を飲んで十時過ぎ。
 ずっと居間に座らされている合間に、エツや雅美がドタバタと家を出入りし、何事かをしてはいる。
 しかし手を出そうとすれば、やはり「男は堂々と」の一言で押し切られる。どの道、何をしていいのか解らないのだから手の出しようがないのだが。
 何度目かにエツが入ってきた時、ついに。
「宗佑や。行くぞ」
 呼ばれて玄関に行くと、雅美は既に外に出ていた。
 二人も至って普通の服装である。エツは相変わらず地味で簡素な和服。雅美は、薄いセーターを着ている。言われてみれば、着飾っているのは理穂だけで、この二人も普通の服装だ。さっきの暎子だって宗佑とそう変わらないラフな格好だった。
「理穂さんは?」
「理穂さんは先に行っています。男は遅れて入る決まりです」
「はぁ」
「大丈夫。後は理穂さんと神社の人が何とかします。あなたは座っていればいいのです」
「……はぁ」
 少なくとも宗佑の知っている結婚式はこんなものではない。
 田舎に行くと派手だとかローカルルールがあるとかは耳にしたことがあるが、ここまで簡素で変な結婚式など、全く聞いたことがない。
 もっとも、現に高熊窪など、親戚でもなければ絶対に知らないであろう地名だ。だからそこにどんな風習があるのかも、知らなくて当然とは言えるが。
「この村は女の村ですからね」
 と雅美が続ける。
「男は大人しく、家事と畑の手伝いだけをしていればいいのです」
「はあ」
 昨日の昼間に通った砂利道を、昨日よりもかなり遅いペースで歩いていく。エツの足が遅いから仕方ないのだが、こうして考えると昨日は結構早足で歩いていたことに気づく。
 それとも、単に気が重いだけか。
 昨日と同じ十字路で左に曲がり、早速正面に現れた山に向かって真っ直ぐに進み、ちょっとした密集地の中から階段に入る。
『鎮守多咸高麻達仁神社』
 苔の生えた小さな石版が迎え、ただの森と斜面の中に刻まれた石段を登っていく。ここに来て宗佑の足は一気に減速するが、エツも雅美もペースを変えない。足腰の強さがここで判ってしまう。

「……ふぅ」
 登り切ったところで見たのは昨日と何ら変わらない光景。
 閑散とした神社。鬱蒼の背景に飲まれそうな小さな社は、これといって飾られた様子もない。
「あ、来た来た」
 と、見知らぬ中年女が宗佑達を社の裏へ招き入れる。
「……はぁー。啓太と比べると冴えない男だね」
 と、極めて失礼なことを言われながら通された先は、昨日も来た社の裏。ただ、もう一棟の建物は、今日は雨戸が全てはずされている。
 ほぼ正方形に近い、簡素な建物だ。ただし床が異様に高い。そして手前側の三辺には一切壁が無い。全周囲を板張りの廊下が囲み、柱だらけの建物の内部は、一番奥の一辺の壁しかない。風通しのいいただの小屋、といった印象である。ただ、こうして雨戸を全て取っ払ってみると、飾り気のない舞台のようにも見える。
 もうひとつ昨日と異なるのは、人がいること。結婚式に出席するにしては到底理解できない服装ではあるが、知らない人達が何人か小屋の前の広場でそれぞれ立ち話をしている。と言っても、それほど人数が多いわけではない。ざっと十数名ほどだ。
「おはよう」
 と、理穂はさっきのままの装束姿で、小屋の廊下から声をかけてきた。
「では、始めましょうか」
 と、小屋の脇からは巫女が声をかける。小さな声だったのだが、周囲の人達は不思議と静まった。
「こちらへ」
 巫女の薦めのままに靴を脱ぎ、脇にある階段を登って、宗佑も小屋に登る。
 小屋の内部は畳敷きになっていた。
 今座っている理穂の隣にも、座布団がひとつ。
「……これが結婚式場?」
「うん、そう」
 想像していたものと違う、ではなく、既に想像の域を逸脱している。
 明かりも何もない、床の高い小屋に座らされる。それを村人が多数見上げている。妙に緊張する中、理穂はすっと立ち上がった。
「あのっ」
「宗佑君はいいの。そこで座ってて」
 言われた通り、一応正座して座っておく。
 宗佑はもう一度まわりを見回した。立ったまま見ている村人の視線は、宗佑の目線よりもかなり低い。この小屋には廊下まで屋根が出ているが、結局それ以外に何の装飾もない。小屋の外側の板敷きの部分は、まるで極めて簡素な舞台に見えた。
 小屋の脇からは続々と巫女が出てくる。皆、一様に白衣と朱色の袴姿で、年齢は若い者から、結構な歳の者まで様々である。
 続いて、再び村人に目をやる。後方、切り通した山の斜面のギリギリの位置まで下がって、エツと雅美がこちらを見ている。また、理穂と同じくらいの年齢の者や、子供も結構来ていることに驚く。あとは、中年や老年の女が前列へ来ていて、ここは井戸端会議の様相を呈している。恐らく、宗佑と理穂が議題なのだろう。
「瀬見理穂様」
 と、巫女の中でも理穂と同い年くらいの者から、理穂へ声がかかる。
 それを合図に、理穂は片手を上げた。
 脇の方から、管楽器の音が静かに鳴り始める。見ると、先ほどたくさん出てきた巫女達が、手に手に楽器を持っている。
――雅楽?
 中学校の頃に習った単語が宗佑の頭をよぎる。雅楽の定義も宗佑にとっては曖昧だが、何となくそんな感じの音楽だ、というふうに宗佑の頭は捉えた。
 尺八だとか何だとか、とにかくそういった類の和楽器が徐々に加わり、音が密度を増していく。
 そんな中で、理穂は、今手を振り下ろしたのである。
「おお」
 大人達のうち、いくつかのグループから僅かの歓声が漏れる。
 

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