更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月四日の章 赤の融合 > 5/14

 

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 理穂の動きは加速する。体の揺れが、動きになり、演舞になる。
 手を振り、振り被り、返し、切り、回り、進み、戻り、仰ぎ、流し、翻り、描き、飛び、……。
 宗佑が最初に高熊窪に来た夜に見たのは、まさしくこの舞だった。優雅にして俊敏、緩慢にして鋭利。極めて魅力的であったことは、言うまでもない。宗佑のみならず、衆目も、巫女の目さえも、全て理穂に向けられていたのである。
 板の間に響きもしない足取り。
 布の擦れる音、袖のはためく音。
 僅か数分の間に全ては終わり、楽器も鳴り止み、代わりに拍手が空気を振るわせた。
 理穂はぺこりとお辞儀をして席に着く。大人達は驚嘆の目、子供達からは羨望の目。
「リー姉!」
 声変わり前の少年の声が空気を突き刺す。
 闖入者は、表の社の脇、つまりこの広場の入り口に立っていた。
 見れば、昨日の昼に食堂の前で見た少年だった。
 彼はズカズカと人を掻き分け、見物者の最前列にまで来た。
「淡理……」
 理穂はそちらをふと見て、そして笑いかける。
「何で呼んでくれなかったんだよう!」
「いやあ、急だったから。ねえ?」
 理穂は宗佑を見る。期せず宗佑も顔を見合わせた形になる。
 結婚が急だなんて変な話だが、事実その通りである。昨日のこの時間はまだ、こんなことになるなんて少しも考えていなかった。宗佑のこれまでの二十年間、少しも真剣に考えたことの無かった「人生の一大事」が、わずか一日で決まり、親の同意も得ずに今こうして進行していることに、今更ながら違和感を覚える。
「……その男と、なのか」
 と、淡理というらしい少年はポツリと言うが。
「おめでとう、リー姉」
 最後は笑顔でそう言った。
 遅れて、昨日彼が待っていた相手と思われる女の子が、同じように表の社の脇から姿を現し、淡理の横へと進み出る。
 二人は宗佑と理穂を交互に見上げ、目を丸くして凝視し始めた。
「何か照れるな」
 理穂にこっそりそう言ってみた。
「晴れの舞台だから」
 晴れの舞台が突然来るのは妙だが、確かに、見ている人達の羨望の目は晴れの舞台に相応しい舞台照明のようなものである。
「あっ」
 理穂が横を向く。
 巫女が脇から進み出てきた。その手に盃はひとつ。
「聞くの忘れてた。宗佑君お神酒飲める?」
「え? まあ、たぶん」
 理穂がまず盃を受け取る。
 酒は予め注がれていたらしい。理穂は少しだけ匂いを吸い、それから一口だけ飲んで宗佑に差し出してきた。
「飲み干しちゃっていいよ」
「はぁ」
 言われた通りに口へ流し込む。強いアルコールの感触と、日本酒の苦味、そして植物の臭みが口内に充満する。決しておいしいものではない。
 宗佑が盃を口から離すと、巫女はそれを持って下がってしまった。てっきり何度も飲むのかと思ったが、三々九度とも違うらしい。単に一口飲みあうだけのようだ。
 今更苦味がこみ上げてきて、宗佑は苦い顔をする。そして理穂を見れば、理穂もやはり顔を歪ませていた。
 それを境に空気が変わったことは、ハッキリと解った。
 すぐに見物人達は談笑を始め、宗佑や理穂の方を見たり、話す相手の方を見たり、せわしなく口と顔を動かしている。
 理穂は立ち上がり、宗佑の前を横切って、脇の階段から地面に降りる。宗佑も慌てて倣う。
 観衆の中に入り込むと、早速。
「理穂ちゃん。今まで見た舞の中で一番上手だったわ」
 と、知らない中年の女が理穂に話しかける。
「本当、私も若い頃にあなたみたいに上手なら」
 中年女どもは続々と集まってきては理穂を取り囲んだ。
「おらの若い頃なら、あんなもんは大したこたねえがに」
 などと呟く老女もいるが、その割に理穂を見る目はどこか嬉しそうだ。
「リー姉」
 淡理も中年女を掻き分けて。
「すっごくキレイだったよ!」
 その後ろからは、やはり連れらしい女の子が。
「私も! リー姉、私にコツを教えてよ!」
「あー、また今度ね」
 理穂は適当にあしらったようだが、理穂を見る彼女の目は本気そのものだ。
「昭島宗佑様」
 若い巫女が進み出て、笑顔で宗佑に声をかける。
「これからは高熊窪の民として、村のために、そして多咸高麻達仁の神のために尽くすようにしなければなりません」
「……は?」
 宗佑が眉を上下させて不可解感を顕にするが。
「あなたが高熊窪の民である限り、多咸高麻達仁の神はあなたをお守りします」
 黙礼して、巫女は小屋の奥に見える建物の方へと駆けていく。
 

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