更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月四日の章 赤の融合 > 7/14
玄関の扉に何かが当たる音がしたのと同時、宗佑は持っていたペンと便箋代わりのルーズリーフを握って居間を飛び出す。一階の、自分の寝室に宛てられていた部屋へ行って、荷物の中に素早く滑り込ませ、また自分は何食わぬ顔で居間のコタツに戻った。 テレビをつけると、明日は晴れらしい。Uターンラッシュのピークは明日の午前中だそうだ。宗佑には何の関係もないことだが。 ドスドスと歩いてきたエツは、泥だらけの上着を脱衣場で落とし、そのまま台所に向かってきた。 「もうすぐ夕飯にしますからね」 続いて入ってきた雅美も同じように脱衣場で上着だけ脱ぎ、それから台所へと入っていく。 「もうそんな時間?」 ふと居間の時計を見れば、既に時刻は十八時になろうとしている。手紙に費やした時間がそれだけ長かったのだろう。 手紙で高熊窪に呼ばれたこと。 従兄弟が死んだこと。 隣家の理穂と結婚してしまったこと。 どれひとつを取っても、父親に聞きたいことが山ほどある。状況の説明だけで膨大な文字数を要するし、何を聞いていいのかも正直まとまっていない。 「まだ結婚したって実感が沸かないんですが」 台所の雅美達に言えば。 「そんなものですよ」 と返ってくる。 この村の感覚は、少なくとも「都会と田舎の差」程度で説明できないくらいの大きな狂いがある。 うすうす感づいてはいるのだが、宗佑にはどうすることもできないのだ。さっさと夕食を食べて、早く手紙の続きを書きたい。 おもしろくも無い夕方の旅番組を見ている間に居間の電気が点き、焼き魚と野菜の煮物が座卓に並ぶ。 その頃になると理穂も降りてきて、そしてそっと宗佑の隣に座る。 「……よく寝れた?」 恐る恐る、努めて関係の近いような話し方で切り出してみた。 「そこそこ」 と、理穂からは普通の返事が返ってくる。 「さあさ、食べられ」 エツと雅美が席に着いて夕食が始まる。思えば、ここでこうしてキチンとした夕食を囲むのは、宗佑が最初にここに来た一昨日の夕方以来だ。 あの時隣に座っていた啓太の代わりに、今は理穂が隣に座っている。 理穂は決して宗佑に、過度に酒を勧めたりはしない。 理穂は宗佑を質問攻めにしたりしない。 理穂は啓太よりもずっと大人びている。 「……本当は僕では無くて、啓太さんと理穂さんが結ばれてたはずだったんですよね」 あまり深い意味のある発言ではなかった。 どちらかというと、宗佑に同情して啓太を偲ぶ会話へと誘導するような意味合いを持った発言だった。是非とも啓太の、たった一晩で死に別れた従兄弟の話を聞きたかったのだ。 宗佑の発言の是非はともかく、少なくとも今の発言は、起爆剤などでは無かったはずだった。 「あなたが代わりに死ねば良かったのよ!」 突然茶碗を座卓に叩きつけて、雅美が立ち上がる。 「……は?」 宗佑は口に箸を突っ込んだまま雅美を見上げる。理解のしようもない怒りを受けて、当然反応のしようも無い。 「こんなことになるはずじゃなかったのに! あなたの家はことごとく私を出し抜くのね!」 口調からも仕草からも、極度に興奮しているのが解る。今にも宗佑に食ってかかりそうな雅美の膝をエツが叩いた。 「何言うとられんが。食事の席だがに」 「……」 雅美は尚も宗佑を睨みながら腰を下ろす。 「あの、俺何か気に障るようなことを?」 一番味方になってくれそうな理穂の顔を見る。 「いや、何も」 味方になってはくれたが、助けてはくれなかった。 「雅美。このあんまは宗孝じゃなけれんがに。宗佑は宗佑だっちゃ」 「……」 雅美は目を閉じて、何事も無かったかのように味噌汁をすする。 「宗佑君」 箸を置いた理穂がこちらを見ている。 見返せば、理穂の茶碗は既に空になっていた。 「食べ終わったら、ちょっと出かけようよ」 「……え?」 |