更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月四日の章 赤の融合 > 13/14

 

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「おまえら……」
 この連中には覚えがある。啓太の死体が見つかる直前にすれ違った、あの黒い獣の皮を被った奴。但し今回は二人。
 理穂は暗護佐≠ニ呼んでいた。
 あまり好感を持てる相手ではない。
「何だよ、おまえら」
 宗佑は片手鍋を握り締める。この前のように手玉に取られるのはごめんだ。
「昭島啓太の脱走に関与していたから天誅が下された」
 極めて抑揚の無い、まるで出来の悪い音声案内のような喋り方だ。
「天誅? まさか、おまえらが火つけたのか?」
「つけたのは私ではない、村と神の意思だ」
「何だと!」
 片手鍋を両手で振り被ったら、後ろから理穂に鍋を掴まれた。
「何すんだよ!」
 腕ごと後ろに回した状態で身動きが取れない。
 黒装束の二人はその横を悠々と去ろうとする。
「逆らっちゃダメなんだって」
「でも!」
 宗佑は鍋を手放して身を翻す。
 理穂は鍋の先端を虚しく掴んだまま宗佑を目で追う。
「待てこの野郎、人殺したり変な皮被ったり、おまえら何なんだよ!」
 黒装束の二人は振り返りもしない。
「待てっつってんだよ!」
 好機とばかりに飛びかかった。
 ……はずだった。
「逆らうな」
 さっきの、中性的な声の奴が一言。
 そして。
「私に勝てると思ったんですかぁ?」
 背の低い方に足を払われて、思いっきり転ばされた。
 殴りかかったはずだったのに。
「わっ」
 背の低い方の奴は、地面に倒れてからやっと驚いた宗佑の胸倉を掴み、有無を言わさぬ速さで引きずり上げる。
「村の掟は知ってるんでしょ」
 至近距離に、顔らしいでっぱりが近寄ってくる。
 この声は、明らかに女のものだ。それもかなり若い。
「あなたまで死んじゃったらぁ、理穂ちゃんはどうなるんでしょーね」
 その次の瞬間に、宗佑は宙を舞っていた。
 胸倉を掴まれていたとは言え、その時にはまだ腰のあたりまでは地面についていたはずだ。
 その位置から半回転もまわされ、天地が返って、今はまた尻から地面に叩きつけられる。
 投げたのだ。地面に座っていた宗佑を空中に放り投げたのだ。
「宗佑!」
 理穂が駆け寄ってくる音が地面から伝わる。幸いここは芝生の上だ。
「柔らかい……脂がのってるのかしら。ねえ理穂ちゃん。この肉ちょーだい」
 と言ったところで、黒装束の大きな方が歩き始めたので、今宗佑を投げ飛ばした小さい方も慌てて駆けていった。
「……関わるなって言ったじゃない。せっかく命拾いしたのに、また狙われたいの? あいつらは本気でやるよ?」
「……」
 そっと抱き起こされて、宗佑は至近距離で理穂の顔を見る。
 啓太を心配していた時の顔と、そんなに変わらなかった。
「ありがとう」
「いいから火消さないと」
 せっかく介抱されたのに早々に捨てられ、ついでに片手鍋を掴まされ、宗佑はトボトボと用水路へ向かう。さっき投げられた時の衝撃か、少しだけ首が痛い。
「ああ、ここか」
 老いた警官が、うまく曲がらないらしい足を引きずって走ってくる。
「あの」
「ああ、通報があってね。今消防を呼んだから下がっていなさい」
 近所の者と思しき老婆も今現れる。
「死んだり燃えたり結婚したり。ほんに忙しい家じゃの」
 と、他人事のように言う老婆の目には、この炎がまぶし過ぎるらしい。
 

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