更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月五日の章 甘い味の新婚生活 > 3/21

 

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「……消されたんだ」
 夕べのあの後、宗佑にとっては初めて入った理穂の家の玄関で、理穂はそう呟いた。
 少しオドオドしている宗佑と対照的に、理穂は大層くつろいだ様子で廊下を歩き、その中の一室に宗佑を通した。
 仏壇やたんすが置いてある部屋に、どこからか持ってきた布団を敷きながら。
「消された?」
「暗護佐に。エツさん達、啓太の逃亡を手伝ってたことがバレたから」
「……何なんだよ、それ」
「さあ?」
 仕上げに枕を放り投げ、理穂は押入れに首を突っ込む。
「どういうつもりか知らないけど、啓太はこの村から逃げた。エツさん達はその補完として宗佑君を呼んだし、啓太が逃げるのを手伝ってた。それが暗護佐にバレた。要するに、それだけのことじゃないのかな」
「だからって殺すのか? あの変な連中は」
「村から出ることは厳罰だから」
「……いかれてる」
「そういう村だし」
 押入れから首を戻した理穂が手に持っているのは、包装された大きなバスタオル。
「お風呂、沸かしてくるからゆっくりしてて」
「あ。……なあ」
「何?」
 一度広げて渡されたバスタオルを畳みながら、宗佑は。
「……何とも思わないのか?」
 理穂はふすまにかけた手を、止めた。
「外の基準でのいいか悪いかは、私には解らない。村から外に出るには許可が要るし、買い物くらいでしか出たことがないから」
 細かな点滅を繰り返している鬱陶しい旧型の蛍光灯。青白く浮かび上がる理穂の顔。
「でも、殺されたことは許せないけど、決別できたことは嬉しいって、少し思ってる」
 理穂の目つきが一瞬険しくなったのは、宗佑が驚いた顔をしたからだろう。
「……私は、婚約者にも、その家族にも欺かれたんだから」
「あ……」
 啓太を外に逃がすためにエツ達は宗佑を呼び、婚約者を失う理穂への救済処置とした。
 ということは、ないがしろにされているのは理穂だったのだ。
 そして今の一言は、宗佑にも致命的な問題を投げかけたことになる。
 理穂は、啓太のことが。
「あの人達にハメられた者同士、仲良くやりましょ」
 理穂が出て行った部屋は蛍光灯のノイズがやけにうるさかった。
 

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