更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月五日の章 甘い味の新婚生活 > 4/21

 

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 今、宗佑はそっと理穂の顔をのぞきこむ。
 昨日あんなことを言っていた理穂を。
「あんまり嬉しそうな顔してないな」
 理穂はそっと宗佑を見て、それから、焼け落ちた後の家の臭いを嗅いで回る瓜実の方を見る。
「人が死ぬのなんて、悲しくて当たり前でしょ」
 焼け残った納屋だけが無音で佇んでいるのを見ると酷い違和感を覚える。この納屋は昨日まで見ていた姿と何ひとつ変わらないはずだ。なのに、変わらないからこそ感じるこの違和感は何か。母屋がないだけなのに。
「この村の人達は、人が死ぬとみんな喜ぶんだ」
 瓜実が今臭いを嗅いでいるのは、リビングのあたり。
 昨日、消防や警察が散々探していたのもあのあたりだ。
「昨日の洞窟で話したこと、覚えてる?」
「忘れるわけないだろ、信じらんないけど」
「……まだ、言わなきゃいけないことがあって。これはあなたには関係ないことだけど」
「……何?」
 理穂が足で、足元の轍をなぞる。
 昨日の消防車の跡だろう。
「この村が、貧乏で食べ物もロクに無かったって言ったよね。この村の人は、子供を産む力も無いくらい痩せてたって」
「え? ああ」
「じゃあ、もしも親とか知人とかが死んだ時、どうすると思う?」
「……まさか」
「そう。死んだ人の栄養を受け継がなきゃもったいないよね」
 瓜実は炭の束を掘り返し始めた。
 きっとそこは、エツ達がいた場所。
 そう考えると気分が良くない。
「エツさんも雅美さんも、啓太の死体が出たあの後、啓太の肉を食べたはずよ」
「え……」
「神社に死体を持って行って、そこで」
「でも、たったあんだけの時間で食べきれるわけじゃないだろ?」
「そう。だから暗護佐と分け合うの。村を守る血肉になるって」
「……」
 一層気分が悪くなる。
――この村は、狂ってる。
 いくらそう思い直したところで、現に宗佑は今、この村の人間なのである。
 宗佑がもし死んだとしたら、理穂とあの暗護佐とかいう連中に肉を食われることになるのだ。
 理穂がもし宗佑の子を宿したら、宗佑はその時点で理穂とその子の糧になるのだ。
「一人で全部食べていいのは子供を産む時だけ。普通は、神社に死体を持って行って、少し肉を分けてもらって食べる。残りは神社の方で引き取る」
「そんな」
「合理的でしょ。火葬なんてしないのよ」
 瓜実が、焼け残ったらしい布キレを持って帰ってきた。
 緑の格子模様だが、もはや何の布かさえ解らない。
「さ、行こうか」
 理穂は瓜実の首が引きずっているリードを拾って、それから宗佑に少し笑顔を見せる。
「私は、こうなって良かったって思ってるよ。少しだけ」
「……は?」
「啓太を、………大切な人を食べないで済んだから。その意味ではね」
「あ、ああ」
 瓜実は、再び散歩を再開することが解ったのか、理穂より前に立って歩き始めた。
「だから、宗佑君。結婚はお互いのためだけど」
 ガクンと腕を引っ張られながら、理穂は笑ってみせる。
「お願いだから、私を愛さないで」
 

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