更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月五日の章 甘い味の新婚生活 > 5/21

 

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 和室で向かい合って腹這いになって、もう何時間経っただろう。
「ここが駄菓子屋の善屋。こっちで野菜売ってて……」
 理穂は紙に地図を書きながら、宗佑にこの村の地理を説明する。
「服はここでも売ってるけど通販のがいいよ。床屋は、ここのおばさんが上手なはず」
 村の出入り口は、神社の真正面に当たる古い道と、今使っている唯一の出入り口である一本の道のみ。その道の脇には集落の外れに一軒の家が建ち、その家が村人の出入りを管理していると言う。村外に出る時にはここで理由と大まかな帰りの時間を言っておかないと逃走と認定される。嘘の時間を言って出て、二度と戻らないことはできる。だが、その時は家族の命はなくなる可能性がある。そこまでして外で暮らそうと思う理由も普通はない。
「街まで逃げおおせたのは、今までにたぶん一人しかいないよ」
「俺の父さん? でもエツさんは殺されなかったよな?」
「必死で言い訳したって聞いたよ。宗孝と昭島家はもう関係ないって、残された一家全員で」
「……雅美さんは、だから復讐とか思い立ったのか?」
「そうかもね」
 と言いながら地図上に描き出されるその家。
「……いつからこんなこと続けてんだ、この村は」
 訊ねると、理穂はペンを、新しい道から古い道へと走らせた。
「対角線になってるでしょ」
「あっ」
「前に言ったよね、古い道の途中にある村だったって」
 ペンにキャップをかけて。
「昔からこうして栄えてきたのよ、この村は。通りすがった旅の男をひっかけて」
「……旅の男をひっかけて?」
「子供を授かったら、食い殺してしまう。女はみんな、一生のうちに何人も」
「……」
「この村は大昔からあったから。こんな風習がいつから始まったのかは知らないけど」
「……まるで人食い鬼の村だな」
「人食い鬼って言うのはこの村が元かもね」
 突然、瓜実の鳴き声が聞こえた。もちろん突然で当然なのだが。
「何だ?」
「来客かな」
 理穂が立ち上がるのと同時、玄関の扉が開いた。
「おるー?」
 いきなり開けておいて「いる?」も無いもんだ。
 そう思いながら、宗佑も体を起こして廊下に首を出す。
「あれ、暎子さん」
「元気しとられるかなって思って」
「一晩で何に落ち込むって言うんですか」
「聞いたがや。落ち込まん方が変だっちゃ」
 そんな理穂とのやり取りの後、足音は二人分になって帰ってきた。
 理穂は宗佑に目配せしながら、今まで宗佑と話していた部屋の前を素通りする。宗佑も立ち上がって、その後ろをつけていく。
 通されたのは台所だった。理穂はさっそくやかんをガス台にかけ、その間に暎子は持参した袋を開いて中身をテーブルの上に出してみせる。
「あ、いちごだ」
「ちょうどおらんとこで取れたが」
 粒は不揃いで不恰好だが、どれも市販のものより随分大きい。
 宗佑は、暎子の向かいの席に座りながら。
「大きいッスね」
「……そか?」
 宗佑の感想は、暎子には通用しないらしい。
 理穂の先ほどの話からするに、この村でとれる作物を外で買う必要は無い。つまり、暎子も理穂もいちごと言えばこの大きさのものしか知らないのだ。
「あと、これ」
 ちょっとしたせんべいなどの茶菓子。それから、ようかんもある。これは恐らく市販のものだ。理穂がさっき言った、善屋とかいう店で買って来たものだと思われる。
「いいんですか、こんなに」
「当たり前や、おらも食べんねが」
「でも」
「ええっちゃええっちゃ、結婚の祝い金も渡してなかれども」
「でもそれは」
 この村の結婚のやり方では、そのようなシステムは最初から成り立たないような気もする。
 そもそも結婚式に費用がいくらかかっているのか。雅美やエツが神社に金を納めた気配すらなかった。
 

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