更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月五日の章 甘い味の新婚生活 > 7/21

 

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 次の来客は昼過ぎのことだった。
「瀬見さ〜ん」
 玄関から呼び声。
 雅美に対抗して作ったらしい、理穂の茹でたうどんをすすりながら、宗佑は顔を上げる。理穂は箸を置いて玄関まで出て行った。
 正直、どっちがおいしいのだろう。宗佑には解らない。
 このうどんの茹で加減は悪くない。しかしそもそも関東出身の宗佑はうどんに対する造詣が深くない。
「何だった?」
 戻ってきた理穂の手には、一通の封筒。
「………」
 理穂はまず封筒の表裏を注視して。
「あの、理穂さん、うどん……」
 一所懸命誉める言葉を探すが、結局言えたことは。
「おいしかったよ。ご馳走様」
 理穂はなおも封筒を見て。
「あ、全部食べちゃっていいよ」
 自分のお椀も箸もそのままに、廊下に出て行ってしまった。
「……何だ?」

 食後、隣の部屋のふすまを静かに開けると、理穂はそこで寝ていた。
 脇には封の切られた封筒。便箋は手に握り潰されたまま。
「……」
 宗佑はそっとその便箋を覗き込もうとする。
「宗佑君」
 足元から声が聞こえて。
 見れば理穂はバッチリ目を開けている。
「この村、好き?」
「は?」
「私は死ぬほど嫌いになった」
 横に置いてある封筒の差出人は昭島啓太となっていた。
 消印は五月三日。つまり啓太がいなくなった当日だ。
 啓太が失踪する前に差し出した手紙だった。
 
「啓太がもしも生きていればさ」
 理穂はついに便箋を見せることなく、ずっとずっと畳に突っ伏していた。
 それから今になって、数時間ぶりに理穂が口を開いたのである。
 宗佑ももそもそと上体を起こす。
 ……理穂が口を開くまで、寝転がったまま何一つできなかった。
 こんな無言の時間は二度目だ。
「私は今頃どうしてるんだろうね」
 理穂は仰向けのままポツポツと喋る。
「私は黙って宗佑君と結婚するのかな。しないと思う」
「……え?」
「私はきっと、啓太を追いかけてると思う」
「……」
「啓太が死んじゃったから、今までそんなこと考えもしなかったけど」
 ここで理穂が急に立ち上がったので、宗佑もその後をついていく。
「啓太は何を思ってこの村を出たんだろう」
 もはや宗佑には何も言うことはできない。今でもまだ理穂の思考は宗佑でなく啓太を中心に動いているのだから。さっき眠っていた時も、今も、理穂が何を思おうと宗佑には何も言えないのだ。相槌すら言い憚る。
「雅美さん達の思惑は解るんだよ。あの人達は宗佑君をハメたかっただけ。……じゃあ、啓太は?」
「さあ。啓太さんも俺のことを恨んでた?」
「そうは思えないけど」
 宗佑の話を啓太の口から何度も聞いていたと、先日理穂は宗佑に言っている。
 一度会ってみたかったと言ったことも伝えられた。
 もし啓太が宗佑を恨んでいるのなら、かつて宗佑の名前を口にしていたとしてもそれは悪口だったことになる。理穂が気を利かせて、先日は宗佑の悪口を言っていたことを隠していたとしても、それを今もなお隠す必要はない。
 

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