更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月五日の章 甘い味の新婚生活 > 8/21

 

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「それから、啓太は私のことをどう思ってたんだろう」
 ますます宗佑に答えられない問いかけをした理穂は台所の鍋に火をかけ、洗ったままの湯呑みを宗佑の前のテーブルに出す。
 振り返れば、十五時の壁時計。あの手紙を読んでから死んだようにピクリとも動かなかったのに、午後のお茶のために起きてくるとは律儀な理穂である。
「……考えても仕方ないか」
 理穂は自分でそう言って、宗佑の手元の二つの湯呑みに湯を注いだ。
 片方には塩漬けの桜を。もう片方には紅茶のティーバッグを。
「ごめんね、ティーカップ無いのよ」
「え? ああ、ありがとう。湯呑みで十分」
 透明だった湯が紅く染まっていく。
「……この桜はね」
 理穂が一口飲んだ桜茶。
 宗佑がさっき飲んだときのような渋い顔は少しも見せない理穂。
「啓太と摘んだんだよ。裏山の桜の木の」
「……」
 湯呑みに浮かびまわる桜の花弁を理穂は宗佑に見せた。
「私はね」
 理穂は一旦席を立って、冷蔵庫から苺を取り出してパックごと持ってきた。
「遅かれ早かれ、啓太を追いかけたと思う」
「……うん」
「でもね宗佑君」
「うん?」
「もし啓太が生きてて、私が啓太を追いかけて行ったとして、あなたはどうする?」
 理穂はまた茶をすする。
 塩味の飲み物と苺で果たして合うのかどうか。解らないが理穂は構わず苺を口に含んだ。
 甘い匂いが少しだけした。
「もし私が宗佑君を置いてっちゃったら、あなたは間違いなく殺されるよね」
「殺される?」
「相手のいない別の女に無理やり結婚させられて、…………して、その後は。ね?」
「俺がそんな男に見える? 無理やり結婚させられた相手とすぐにそんなことできないよ」
「どうだろうね。。いいから苺食べなよ」
 促されて一粒手に取る。
 思ったより酸味が強かった。
「もっとも、このままずっとここで私とこうしてても、いつかはそうなるんだろうけど」
「なに?」
「そうでしょ。愛さない≠セなんて言って、ずっと耐えられる?」
「大丈夫だよ。俺には命かかってるし」
「ずっと子供作れないと、いろいろプレッシャーかけられるよ」
「……平気だろ?」
「私も耐える自信がない」
「え?」
 気付いたら宗佑の顔を間近で見つめている理穂。
 思わず見返してしまった宗佑。
「……やっぱ無理だね。宗佑君も」
「え? ちょっと、今のはそういうんじゃ……」
「いや、十分解った」
 理穂は笑って、一気にニ粒頬張った。
「やっぱり無理だよ。このままこんなこと続けるなんて。いつかはきっと惹かれちゃう」
「え……」
「それに」
 理穂の左手が宗佑の肩に伸びた。
「わっ」
 掴む力が予想外に強くて宗佑は思わず声をあげる。
「……耐える自信がない」
「え?」
「自信なくなっちゃうんだよね、宗佑君を見てると」
「え? 何の話?」
 理穂は笑っていない。嬉しがってもいない。睨む目で口角だけ上げている。
「え、ちょっと」
 全然はずれない理穂の左手を振りほどこうと肩をよじる。
 しかし理穂の手は肩をがっしり掴んだまま宗佑の動きにくっついてきた。
「離せよ、何なんだよ」
「いや、ね。どんな味がするのかな、って」
「はあ?」
 宗佑は作り笑いをして理穂を見返したが、理穂の表情は微動だにしなかった。
 宗佑は作り笑いを苦笑いに変えて理穂の手を振りほどこうとする。
 今まで理解していなかったのだ。理穂がこの村の人間であることを。知っていたのに解っていなかった。
 

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