更地のノート > 物語 > ひとつむぎ > 五月五日の章 甘い味の新婚生活 > 12/21

 

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 土が口に入って、涎を吐き出す。
 上げた顔の真ん前には、背の低い奴が立っている。
「……ねえ靖様、こいつどうする?」
 髪の毛を掴まれて引きずり上げられる。
 見れば、背の高い奴はここから離れたところで見ていて、さっき理穂と触れた左腕を押さえている。さっきの閃光の影響か。ならば、少なくとも四人のうち一人は封じたことになる。
「啓太様の肉を食べられなくて残念でしたね」
 中背が、既に捕らえられた理穂に顔を寄せて話しかける。
「愛する人の力を一身に宿す。魂の真の融合……最高の願望が叶わなかった気分はいかがですか? 相方の親どもに邪魔をされた気分は」
「……殺したのはあなた達でしょう」
「殺さずとも啓太様はあなたの傍を離れていました。もっとも、私達には好都合だったんですけれどね。一度に村人の三つの魂のかけらをこの身に宿して、その上更にあなたの魂まで受け継げるのですから」
 理穂はあくまでそいつを睨みつけている。
「蓮花、早くこいつ殺そうよ」
 理穂を羽交い絞めにしている背の低い奴が、理穂を揺さぶりながらそういう。
「いえ、まだ話すことがあります」
 やんわりとした口調でなだめられ、ひとまずは背の低い奴も静まった。
「ねえ理穂様。もしよろしければ、私達の仲間になりませんか?」
 ピクリと理穂が動いたのが、髪を掴まれてぶら下がっている宗佑にもハッキリと解った。
「宗佑様がいなくなれば、あなたは結婚相手がいなくなります。そうなれば、私達の仲間になることになりますね」
 宗佑は、髪を掴んでいた奴の手を引っぱたいて。
 髪を掴んでいた手が離れる。
「……待てよ、結婚できなかったら神社に入るんじゃないのか。何でおまえらの仲間になるんだ?」
 その発言に、獣の皮を被った四人全員が宗佑を振り返る。
「あれ、おまえ気づいてなかったんだ?」
 早速動こうとした宗佑の腕を素早く掴んで、背の低い奴が笑う。
「理穂様は、そこまでお話していなかったんですね」
 中背はそう言いながら、被っていた獣の皮を顔の部分だけ剥ぎ取る。
 中から出てきたのは、長い髪と若い女の顔。
「何度もお目にかかっているはずですよ、宗佑様」
 首から下はまだ皮に覆われたままだが、うっすらと見える中の服の生地は白。
 そしてその顔は。
「神社の連中か……!」
 結婚式の時に司会をしていたあの巫女。それ以外にも何度か宗佑の前に現れている。
「そう。村を守る私達は、村の鎮守の多咸高麻達仁神社で生活をしています」
 つまり、暗護佐と呼ばれるこの不気味な連中と、あの神社にいた巫女達は同一人物。
 中背は、毛皮を再び被りなおして。
「あなたなら歓迎しますよ、理穂様。あなたのその特殊な力、是非とも村のためにお役立てください」
 腕を掴まれながらも立ち上がる宗佑。
 その挙動に振り返る理穂。
 一瞬目が合った。そして。
「……宗佑は、どうなるんですか?」
 理穂にしてはずいぶんと低い声だった。
 だがそれは間違いなく理穂の声。
「彼には消えてもらいましょう。どの道村から逃げようとした身。村に背くつもりなら、村のために役立つ姿に変わってもらうしかないのです」
 続いては、見物に徹していた背の高い奴の口からも。
「増してその者は昭島宗孝の息子。強くも憎いその魂を受けて我々はあの時の敗北を覆す。そして今も生きているというあの者に、無くす苦しみを与える」
 さらには、理穂を捕まえている奴も口を開く。
「理穂ちゃん。あなたが逃げたことを不問にするって言ってあげてるのよ。私はホントはあなたの力が欲しかったんだけど、仲間になるって言うんならそれも歓迎するわ。断る理由なんてないんじゃない?」
 理穂はかぶりを振る。
 その反応を見て、理穂の背中をとっていた奴は。
「どうして? どうして断るの?」
 と言って理穂にしがみついた。せっかく絞めていたのを解いてまで、だ。
「なっ……」
 さすがにその行動は予想外だったのだろう。
 理穂は驚いて、目の前の中背から目を離して背後へと首を向ける。
 

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